番外編

□ハレンチな世界 2
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 この世界に来て、しばらく経ちました。彩南高校の二年生として、クラスの人たちと……あと、ヤミちゃん、メアちゃん、天条院先輩たちとか、いろいろな人に出会うことができました。
 早く元の世界に帰りたいような気もしますが、ここの世界もとても好きです。どうして付いてしまったのかわかりませんが、デビルーク姉妹とお揃いのしっぽも気に入っています。これからどうなるのか、想像もつきません。でも、どうせならもっともっと楽しんでしまおうと思っています。
 これは、東野の日記の一部である。のぞいたわけではない。日課である素振りの後、風呂を借りて部屋に戻ると、彼女が日記に手をつけている状態で、机に眠りこけていたのだ。ここでのふしぎな出来事をいつでも思い出せるように。彼女はそんなことを言って、日記をつけ始めたのだったか。
 まるで知らない世界に残されたとは思い難い安らかな横顔が目を閉じていて、そんな穏やかな髪を撫でる。しかし、ここに来て数週間、わかったことがあった。
 東野の言う通り、ふしぎな出来事といえばその通りなのだが、ここの住人、結城リトは超人的な転び方をする。……いや、転ぶことだけではない。とにかく、ヤツが動くと何かが起きる。その何かとは、女に対するセクハラ行為。本人も意図的にやっているわけではないようだが……。あれは、才能だ。そんなもの認めたくはないが、ここまで来たら信じる他ない。
 俺もこの世界に来てから、ふしぎな出来事が増えた。言うまでもないだろうが、東野と接触することである。物理的に。こんなことはもとの世界ではあり得ないが、東野の身体を想起することなど容易い。むしろ、この場で彼女の肌の滑らかさ、節々の、その、胸の柔らかさですら、指を動かせば感じられてしまう。そう、感じられてしまう。念のため綴っておくが、俺は自分からそういうことをしているわけではない。本当に、何かに巻き込まれているのだ。しかし、結城に比べたらかわいいものである。これで、羨ましさなど微塵もないヤツの末恐ろしいことがわかるだろうか。女性の敵を体現したような、そうだな、痴漢まんま、女に痴れた漢だとでも呼んでやりたい。ひとつ頭を抱える難点があるとするならば、その結城が誠実な男だということ。言っている意味がわからない? そりゃあ、俺もこの動転した世界に順応してたまるか。いくら言葉を重ねようとわだかまりが大きくなるだけのこともある。
 ひとまず、東野をベッドに寝かせよう。起こさないように移動させると、すうすうと寝息が聞こえてきて。無邪気に眠っている。これは、細心の注意を払わずとも、起きることはなさそうだ。
 部屋で男女が共に暮らすとは考えにくいが、シングルベッドの両極端に離れたり、意識しないよう努力しているつもりだ。……俺もバットを振ってきたからか、身体が言うことを聞かない。もう寝よう。ちらばる黒髪をまとめてやり、できるだけ遠くに転がった。





 はずだった。なんだ、これは。なんなのだ、これは。朝になり起きると、目と鼻の先には、昨晩と同じく不安などひとつもなさそうな彼女の顔。混じり気のない顔。これだけ見れば、眩しい朝日にこのうえなく至高な存在かもしれない。しかし、手には触れたことのある柔らかさ。さらに、俺も東野も服が乱れている。そのうえ、追い討ちをかけるように、ただでさえ停止している俺の思考回路を壊したのは、東野の身体にはきだされた白い液体であった。
 これは、どこからどう見ても……あれだ、男の、あれだ。まずい、非常にまずい。ということは、東野と俺は昨日……。……ということになるのか。いや、全く記憶がない。……まさか、俺以外のやつがこの部屋に侵入してきて……。いいや、それもないな。窓ガラスも割られていないうえに、荒らされた形跡もない。……やはり、俺が昨日、そ、そうだな、その、東野を思惑外れた思惑通りに仕立て上げたと考えるのが妥当か……。東野の胸を触っている状態で目が覚めたのだから。脳がすべて、氷に変わった。
 くそっ、なんということだ。もしかして俺は、寝ぼけでもして東野を無理矢理こんなことにしたんじゃ……。それでは立派な性犯罪よろしく、俺は刑務所行きじゃないか。もう野球がどうとか言っている次元ではなくなってしまう。−−とにかく、前後左右から人差し指後ろ指差されても文句も返せないこの状況をなんとかしなくては。このままでは、誰が見ても俺が犯罪者だ。
 藁にもすがる思いで階段を降りる。汗が滲んだ額をいやに無関心な冷たい風が叩いて、俺はほとほと困り果てるのだ。いや、本当に俺がやったのか?俺がやった、のか……。すでに蔑んだ目で俺を睨む彼女へどう釈明しようかと弁護士もいない法廷を思い浮かべるあたり、もうダメなのかもしれない。
 そんな頭重く降りてきた台所には、誰よりも早く起床している美柑がいた。朝食を作っているらしい。この小学生にはほとほと頭が上がらないほど世話になっている。……朋恵もこんなデキた妹になるのだろうか。くっ、そんな彼女にもこれから会えないのかもしれない。
「あ、友沢さん。おはよう」
「おはよう美柑。いきなりで悪いが、タオルを貸してもらえないか?」
「タオル?」
 そんな彼女が懐疑的な顔をする。なにか勘づかれたか。手に汗を握った。
「ひょっとして……モモさん?」
「モモ? いや、東野だが……」
 最悪の場合、送られるであろう刑務所にいる自分を想像しながら、おそるおそる東野の名前を出してみる。ああ、こんなことなら早くもとの世界に戻りたい。……今戻れば、橘を筆頭に、早川、猪狩さんに袋だたきにされるだろうがな。俺は被害者な、はず。なにもしてない、はずなのに。
 しかし、美柑はケダモノを見るような目で俺を見るのではなく、ぽんっと顔を紅潮させた。
「百合香さんなら、ほ、本当に……。友沢さん! そこのタンスにあるタオル、なんでもいいから持っていって!」
 持っていたお玉をぶんぶんと振ってタンスを示すと、美柑は俺に背を向けた。なんと、通報されなかった。しばし、立ち尽くしていたが、すぐに自分の使命を思い出す。そうだ、今は東野だ、東野。

 しかし、水分を含んだ質量のあるタオルが俺の足元に落ちた。
「やっ、だ、めっ……結城くん……」
「うわあああああ! ご、ごめん東野!」
「結城、貴様……」
 なぜなら、結城が東野の足の間に顔をつっこんでいたから。片手はご丁寧に彼女の胸に当ててある。伝家の宝刀か、この野郎。頭に血が登って、すばやく怪我をしない程度に結城を蹴り飛ばすと、東野に駆け寄った。……まったく、転ぶのは構わない。他の女にセクハラをするのも構わない。だが東野にしようものなら、俺が許さん。
「大丈夫か!?」
「う、うん……」
 目には涙と思われる影ができていて、色っぽく女らしい瞳。そして、紅葉を散らしたような顔で俺に縋る東野。男のあれを身体そのままに、下から潤んだ視線を投げかける彼女を視界から追いだそうとするのは、仕方のないことだった。なんとかタオルに手を伸ばして東野へ投げると、結城を道連れにつややかな裸体から身体を背けた。
「いってて、悪かったよ東野、友沢……」
「次、東野に手を出したらこれ以上で見舞うからな」
 後ろで布がこすれる音。考えなくともわかる。東野が服を着ているからだ。結城はなにも気にしてないのか「友沢の蹴り、すごかったなあ。なんかやってたのか?」なんて笑っている。……お前、女に免疫あるのかないのか、どっちなんだ。ようやく着替えた東野が、俺と結城を呼んだ。
「友沢くん、結城くんも悪気があったわけじゃないから……」
「悪気がなかったらこうされてもいいのか!? 東野はもっと危機感を持て!」 
 ほんのり顔が赤いのは気のせいではないだろう。さっきの結城が原因か、くそっ。
「そ、それで、結城くんはどうして私の近くにいたの?」
「いや、ふたりに挨拶しようと思ったら、東野があんな風になってたから……。で、急いで走ったら転んだんだ。ごめん……」
 しかし、結城の言葉で現実に返るのは俺。そうだ、結城の件で忘れていたが、東野にひどいことをしたかもしれないのは俺だった。早く弁解しなければ。……しかし、記憶がないことが理由になるだろうか。いや、何も言わないよりはマシだろう。す、と息を吸った。
「東野、そのことなんだが……俺は昨日お前になにかした覚えがない。東野は、どうだ」
「私も特に……なんでだろうね」
 彼女は何を言っているのだろうか。……なんでだろうね? お前、わかっているのか。それなら本格的に、東野は意識を飛ばされたうえにどこの馬の骨かも知らん野郎に視姦され、そいつのあれを身体中にかけられた可能性が出て来るんだぞ。コイツはどこまで能天気なんだ。よくにこにこしていられ「おちついてって! なんかあなたこの世界に来てからヘンだよ!」
「ヘンにもなるだろう! 東野の身体の隅々まで見て、胸も触れて、喘ぎ声も聞いたんだぞ! こんな話、元の世界じゃあり得るか!」
「や、やめてよその言い方!」
「あ、あのー……」
 東野の危機感のなさに、こっちがヒートアップするのも無理はない。彼女の肩を掴み、おっとりしている黒目を睨んでいると、結城がちょこんと手を挙げる。そして、とんでもないことを言ってきた。
「それ、多分モモの仕業だと思う……」
 俺の手は東野から離れた。部屋を出た。足が示すのは結城の部屋。どうせ、アイツはここにいる。ほら、いた。モモの腕を荒々しくつかむと、ぐい、と引き寄せた。俺の名前をモモが叫ぶが、すぐおとなしくなるあたり、なにか知っているのだろう。結城と東野のもとに戻ると、ふたりは仲良さげに談笑しているじゃないか。……実は肝が据わっているのかもしれない。
「ああモモ! お前、ミルケアの花の蜜を東野に使っただろ!」
「わあ、よくわかりましたね。リトさんっ」
 結城がモモを軽く叱るものの、いつもどおり悪びれもない。そして、隠す気もなさそうだ。ミルケアの花の蜜。初めて聞いた単語に、俺と東野はすぐに置いてけぼり状態だ。しかし、そこは社交的な東野。モモの横顔に声を伸ばした。
「ねえモモさん。ミルケアの花の蜜ってなに?」
「はい、美容によく効く植物です」
「へえ、それ使ってみたいな。いい?」
 やめた方が……とつぶやく結城を無視して、デダイヤルとかいう携帯を取り出した。そこからは、植物が出てきて。モモいわく、これが宇宙植物、ミルケアの花らしい。茎はいくつか分かれているが、その先に花はなく全てつぼみ。色が白く、先端が赤いもの。結城がその植物から背中を向けた。どうしたというのか。
「どうぞ、百合香さん。このつぼみをこすっていただけますか?」
「うん、えっと、こう?」
 モモに指名された東野が植物の前に座り、つぼみを掴んで上下にこすり始めた。その仕草が、なんというか……こう、ぐっとくる。
「もっと速くです!」
「これくらい?」
「もっと!」
「こ、これでどうっ」
 もうこれは……それにしか見えない。それって、それだ。ほら、それだ。やがて、彼女の小さな悲鳴。そこには、服は着れど、朝見た彼女の姿ができあがっていて。
「いっぱい、出た……」
 頬やら唇やらに花の蜜をつけている。花の蜜というくせに、色は白い。そういえば、現在の東野の様子がわかるだろうか。極めつけに、ぼんやりと呟いた東野。俺は身体を半回転し、彼女らに背を向ける。そして結城と並んだ。
「もっと早く言え……!」
「だ、だからやめた方がって言ったんだよ……!」
 

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