番外編

□親友だもんね
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あー、あー。いらいらする。

百合香が、せっかく応援してくれてるのに、どうしてこうも上手くいかないのよ。もっと、もっと変化してくれなきゃ、私はずっとリリーフ。悔しいけど、猪狩に球速では勝てないし。壁に散らばる白い失敗たち。もう何球なげたかわからない。投手にとって、一日の投球制限は生命線になるはずだけど、そんなこと考えてられない。……せっかく、あおいさんに憧れてはじめたシンカー、使いこなしたいのにな。
いや、考える暇があるなら投げなきゃ。ほっぺをパシンと引き締める。さあ、もういちど。もっともっと投げれば、きっとうまくいく。足もとに転がるボールに手をかけて、キッと切れ目なく壁を睨む。次こそ。左手に力をこめた。

「力み過ぎだ」

けれど、その腕が勢いをつけることはかなわなかった。友沢がつかんでしまったから。振りはらえば、そいつと目が合って。あまりの鋭さに背を向ける。

「何球目だ」

「知らないわよ」

「……もうやめろ」

「いや」

友沢は以前投手だった。そして、私がやろうとしていることで、コンバートしたのは知っている。でも、私とあんたじゃ、ちがうのよ。私には、これしかない。まるで、怒られた子どもみたいに、自分の言い分を貫きたかった私。そんな私を見て、友沢は舌打ちした。

「お前は、自分のことしか頭にないんだな」

「……なによ、知ったようなこと言って! あんたみたいに私は天才じゃないのよ!」

「俺は自分を天才だと思ったことはない。努力は人よりしているつもりだがな」

高い位置にある首元に掴みかかると、ボールが足元に落ちた。憎いくらいに冷静に返される。眉間にぐっとシワが寄るほど、本当は、腸煮えくり返ってるくせに。私ばかり子どもみたいで、そんな差が野球にも表れている気がして。悔しい、悔しい。

「じゃあ、あんたはどうなのよ! 自分のことばかりじゃないって言いたいわけ!?」

「俺は、投手としての選手生命を絶たれて、妹や弟、母さんがいることを思い知った。俺の野球は、俺だけのものじゃない」友沢の目が、憂いを帯びた。「橘にもいるだろう。お前が、選手生命を絶たれたら、悲しむ人が」

「あんたみたいな、温かい環境じゃないのよ! こっちは!」

「そうか。そう思ってるなら、東野が不憫でならないな」

ぴくりと、動きが止まった。手が、胸ぐらから離れる。百合香の名前が出たから。なんで、百合香が不憫なんて言われるのよ。なんで、なんでよ。狼狽する私を、緑色の目が陰を落として見つめた。頬を刃物がかすめた気さえ、した。

「東野は、お前のことを一番に考えているんだぞ。もし、お前が自分の無理を棚に上げて、投げられなくなったら、東野はどうなる」

今度は、私の肩をしとめた。息が、しづらくなる。

「自分のことしか頭にないお前には、到底わからないだろうな! あいつが……あいつが、どんな気持ちでマネージャーになったか!」

「な、なによ、あんたこそ、百合香の何を知ってるっていうの!?」

「東野は、もともと野球が好きだったわけじゃない。高校でお前に会って、お前を支えたいから……それだけのために、野球部に入ったんだ!」

「わ、たしの……ため?」

ついに、私のこころを刺した。ドクンドクンと聞こえるほどに揺れる鼓動。視界まで揺れているような錯覚に陥る。友沢は、私のことをにらみながらも、どこか切なそうな、訴えるような目をしていた。

「……ああ。羨ましくなるくらい、東野はお前のことを考えてる。だから、無闇な投球はやめろ。東野のためにも、お前のためにも」

百合香の顔が浮かぶ。いつもにこにこして、私のとなりにいる女の子。百合香は、そんなに私のことを考えていたの?……高校で初めてできた友達だと言ってくれた彼女だけど、みんなにやさしいから、みんなのマネージャーだと思ってた。でも、でも、本当に、本当に、私の、ため……そのためだけに、野球部に入ってくれたんだ。
足元にあったはずのボールは、少し離れたところまで転がっていた。

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