番外編

□偶然か必然か
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そんな俺に、試練が与えられたようだった。まさかここに、久遠がいるとは。しかし、こんなところで波風を立てるわけにはいかない。ここは文化祭の会場であり、東野の舞台なのだから。
なにより、コイツに過去のことを話すつもりはない。真面目な久遠は、言わなきゃわからないと言うが、それではいけないのだ。俺が、久遠に何でも教えたり、与えたりすれば、久遠の成長をそこで遮ることになる。信じている。努力することができる男だと。俺への憎しみ、恨み、なんでもいい、全ての感情を野球に向けて、俺よりもいい投手になれるはずだと。

願いをかけつつ踵を返せば、誰も追いかけてくる様子はない。そうだろう、俺の知る東野はそういうヤツだ。……久遠と一緒なら、東野も男に絡まれたりはしない、大丈夫だろう。なにより、彼女なら久遠を今より成長させることができるかもしれない。
役目を終えた俺は、教室へと足を向けていた。



当然といえば当然だが、東野を久遠のところに置いてきたことに、クラスの女子からは非難轟々。しかし、後輩に預けたこと以外、話すことはない。悪い意味で群がるアイドルたちを退けると、そこにいたのは俺が超えたいと思うひと。目標であり、ライバル、猪狩さんだった。

「友沢……?」

俺を見て、なにかを思い出したのか。表情を冷たいものにして詰め寄る。言いたいことは、聞かなくても分かった。反抗的な目が口ほどに語っている。

「お前、」

猪狩さんは言葉を切ると、周りを見渡して舌打ちをする。すこぶる不機嫌なのは、言わずもがな。そして、俺の腕を掴んで舞台裏へ。人が変ったように、俺の胸ぐらを引き上げた。

「東野はどうしたんだ」

「俺の後輩に、任せました」

「任せただと……!?」

さらに力を増す俺の首元は、女子の仲裁で解放された。どうせ、話したところで自称天才の猪狩さんにはわからないだろう。俺や、久遠の思いなんて。すぐにクラスメイトたちから距離を置き、ステージから離れる。安堵の息をついたところで、黒髪の彼女に、手を引かれる銀髪が目に入った。教室の後ろの方に紛れれば、この人数である。見つかりはしないだろう。
もうすぐ、ライブがはじまる。今日は、文化祭なのだから。俺も楽しまねば損だ。壁に背中を預けて、ステージを見た。

さっきまで、俺のとなりにいた東野。彼女は、時に花が咲いたような満面笑顔で、時に艶を帯びた心ありげな表情で観衆を盛り上げていて。……ここ最近、東野は部活の合間に彼女たちと練習を繰り返していた。橘が寂しそうにしていたり、京野が戻ってくる東野を労わったりしていたか。
彼女たちの努力が、そこに表れている。そこまで激しくないものとはいえ、息がピッタリと合ったパフォーマンスを披露しながら、表情を崩さずにい続ける姿はプロ精神すら感じられる。

そして、なんだこれ。東野が手でハートマークを作る、他のメンバーと振りのかけ合いをする、振り向きざまにウインクする。動くたびに揺れる彼女の髪が、やわらかげな雰囲気を醸し出しながらも、明るさが隠し切れない。
めちゃくちゃ、かわいい。全力で応援してやりたくなる。愛らしい。家に持って帰りたい。

「百合香ちゃーん! 超絶かわいいよ百合香ちゃーん!」

「オイラの百合香ちゃん、超かわいいでやんすー!」

そう思っていたのは、俺だけじゃないらしい。ついでに、さっきの男と矢部じゃないか。ふたりとも、緑のサイリウムを振り回している。東野が超絶かわいいのは認めるが、矢部、お前のものではない。あとでシメる。
そういえば。ちらりと久遠を見れば、顔はほほえみ、控えめに手をたたいている。後輩のそんな姿に、心が軽くなった。
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