番外編

□偶然か必然か
3ページ/3ページ



ライブの後、制服姿の東野が久遠の元へかけていくのを見届けると、意識して口をひきしめつつ、教室を出る。文化祭を楽しみたかったのも山々だが、ひとりではどうしようもない。……まあ、東野のライブが見れただけ十分だ。そう思うと、俺の足は自然といつもの場所に向かっていた。野球部のグラウンド。ここの使用権限は野球部のみ。文化祭とは言え、誰もいない。
立てかけてあるバットを手に取る。その途端、着ている制服が、ひどく窮屈なものに思えてならなかった。この時期には少し薄着であるワイシャツの袖をたくし上げて、腕を外気に晒す。校舎内ではあんなにも溢れていた熱気が全く感じられずに、ひんやりと俺を覆った。

構えて、振る。気持ちいい、素直にそう思う。

もう一回、もう一回、と我慢のできない子どものように、ただひたすらバットを振っていた。次から次へ、湧き上がってくる感覚に、身を任せて。






どれくらいそうしていただろうか。俺の手は、どこからか聞こえてきた拍手によって止められた。音がした方を向けば、くせっ毛の中性的な顔をした、知らない男がいる。無意識に、鋭さを携えてしまった。

「……誰だ」

「あ、ごめんなさい。僕、小平陽向といいます。あの、友沢亮さんですよね」

「そうだが」

ニコニコ笑いかけながら話しかけてくるこの男。俺の名前を知っていることにも不快感を抱き、素直にそれを表す。すると、そいつはあたふたしながら、表情を困らせた。

「あ、怪しい者じゃないんです。ただ、友沢さんに憧れていて……」

「俺に、憧れ……?」

不思議なことをいうヤツだ。今度は不快感より驚きの方が勝り、手に持っていたバットを立てかける。小平、と言ったか。目を合わせ、彼の前に歩み寄ると、姿勢がしゃんと正された。……小さいな、こいつ。

「はい。僕はセカンドなんですけど、友沢さんは同じ内野手として憧れです!」

「……そうか」

俺なんかに憧れない方がいい。そう思いつつも、俺と対照的な輝く目と、まぶしい笑顔、そして、憧れという羨望。どこか、アイツに似ている気がして、無下には扱えなかった。気づくと、身体が前へ傾く。文化祭、見るんだろ。俺らしくない言葉が口から出ていた。小平は、パッと顔を明るく輝かせる。

似ている。本当に。

「小平は、何年なんだ」

「中学3年です」

年齢まで一緒、か。小平もきっと、あいつみたいに、俺よりずっといい選手になれる。そう思った。後ろからひょこひょことついてくる姿は、ずいぶんと長いこと見ていない。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ