番外編

□穏やかな時間
1ページ/1ページ



朝練明けで眠気と戦っているホームルーム中、顔が緩みきっている担任に加藤先生が呼んでいるなんて言われて、仕方なく立ち上がる。

「いいなあ友沢! 今日は理香先生かな? 京子先生かな?」

「どっちも天国じゃん! イケメンは得してんなあ〜」

俺としては、練習後の身体であまり動きたくないのが本音。しかし、先生に呼ばれた以上、生徒として行かねばならない。勝手に盛り上がる男子生徒たちにため息をひとつついて、教室を出ていった。

廊下、階段ともに生徒はひとりもいない。当たり前か。こんな時間なのだから。合理的に、普段は禁止されていることができる。そんな子どもじみたいなごまかしで、俺は重い体を少しでも軽くしようとしていた。

「加藤先生、なにか用で……東野?」

しかし、そこには加藤先生ではなく、別の人物がいて。俺が、想いを寄せる女。当の本人は、俺のつぶやきにも気付かずにすうすうとベッドの上で寝ている。とりあえず、ドアにかけた手を退かして閉め、東野の元に寄ろうとした時、テーブルの上に箱が置いてあることに気付いた。
その中をのぞきこめば、つまり、あれ。その、あれだ。ほら、要するに、男がつけるやつ。
しかも、その横には加藤先生が書いたと思われるメモが置いてあって。

友沢くんへ。東野さんのこと助けるためなら、コレ使っていいわよ。カギは内側から閉められるからね。もし、使わないご趣味があるなら、上から2番目の棚にしまっておいてね。

ビリッビリッ、ぽいっ。すぐに手紙を破り捨て、箱を棚にしまった。使わない趣味があるとかじゃなくて、使わないだけだ。単純に、そういうことだ。こんなことをするのは理香先生の方だろう。それでも、頭は正直なものだ。自動思考で浮かび上がってしまった、文化祭の衣装をはだけさせる東野を、ぶんぶんぶんぶんと頭を振って、全力で追い出した。

ぜーぜー、はーはー。頭がガンガンと重たい。落ち着こう、俺。ひとまず、近く置いてあった椅子を持ってベッドに近づく。
綺麗な顔をして眠っている東野は、俺とは対照的で。息もしてないんじゃないかと思うくらいに、止まって見えた。彼女が寝ているのをいいことに、柔らかそうな黒髪に触れる。サラサラとした手触りのそれは、俺の手に乗ったと思えば、指の隙間から持ち主の元へ帰った。

初めて東野の髪に触れた手は、驚くほど熱を持っていた。空気に溶けていくのがもったいなく感じて、逃がさないようにと、手を握る。

……ああ、これが幸せか。柄にもなく、このままこの時間が続いてほしい、と素直に思った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ