番外編
□ここはどこだ
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「ゆりかおねえちゃん!」
「はーい、もうちょっとまっててね」
「いいにおい!」
「そこにいると危ないから、ね。お兄ちゃんと遊んでてー」
楽園か、ここは。
俺の家には、髪を結んだ東野。しかもエプロンをつけていて、彼女の腰には翔太と朋恵がくっついている。しかも、俺をお兄ちゃんだと。お兄ちゃん、だと。
「ぼく、おねえちゃんのおてつだいする!」
「ともえも!」
「そう? ……どうしよう、友沢くん」
くるりと東野が振り返り、結られた黒髪が揺れた。それすら、女らしさを感じて高鳴る心臓。
「翔太と朋恵になにかさせてくれ」
「そっか。じゃあ翔太くん」
「はいっ!」
「私が持ってきたレジ袋からパン粉を取ってくれる?」
「わかった!」
東野が指差した先へ、翔太が走っていく。その目的のものを持ってきた弟。彼女は優しく微笑んで髪を撫でてやった。それをされた翔太の顔といえば。なんて、しあわせそうなんだ。
受け取って調理に戻るが、見ていた朋恵も、東野のエプロンをちょんちょんと引っ張る。それに、きちんと料理の手を止めてしゃがみ込む東野。朋恵と同じ目線で話してやる彼女は、母親のようにも見えた。
「ともえも、なにかする!」
「ほんと? じゃあね、翔太くんと同じところからエビさん取ってきて」
「うん!」
トコトコ駆けていった朋恵も、持ってきたあかつきには東野に翔太と同じことをされ、満面の笑み。
どうやら、作っているのはエビフライらしい。友沢家の経済状況を知っているせいか、材料はすべて買ってきてくれたという心遣いつき。本当によくできた彼女だと思う。合宿終わりで疲れているはずなのに、弟妹のことを案じて来てくれて。
東野の訪問で、いつも以上に機嫌がいいふたりも、気のせいではないだろう。
「もうすぐ、できるからね」
かくいう俺も、人のことは言えない。菜箸を持って、俺に目を合わせる彼女に口角が上がる。
東野は、彼女の家から持ってきたのだろうキッチンペーパーと紙箱を取り出した。蓋と身に分けると、そこにキッチンペーパーを敷く。いわく、揚げ物の洗いものを控えるためらしい。
翔太と朋恵がそれらをテーブルに運び、ようやく4人で囲む。
「いただきます!」
「どうぞ、おまたせしました」
一目散にエビフライに箸を伸ばすふたりを見ながら、ひとつ、口に放る。食べやすい熱さ、サクリと音をたてる衣、エビの甘さ。
「旨いな……」
ひとりでに漏れたセリフは東野の耳に入ったらしく、彼女は照れたようにはにかんだ。
「そ、そうかな」
「ああ、東野は料理が上手なんだな」
「一人暮らしのおかげ、かな」
へへ、と小さく喜ぶ東野を横目で見つつ、もうひとつ、箸にとる。うん、美味い。
もちろん、それは俺だけが感じていることではなく、口に入れながらもごもご話す翔太と、頬に手を当てて噛みしめている朋恵。日頃、エビフライなんて食べることがないからか、翔太はつめこみすぎだ。もっとゆっくり食べなさい。
「ゆりかおねえちゃん、とってもおいしい!」
「そう言ってもらえて嬉しいな」
「しょうた、それはともえのだよ! とらないで!」
「こら、兄ちゃんのをやるからケンカはするな」
「じゃあ、友沢くんには私のをあげるね」
エビフライは一人づつ分けられているわけではない。それなのに、転々と皿の上を回るそれ。
目の前に、東野がはい、と笑顔とともに渡したエビフライが、誘うように座っている。
「おにいちゃん、たべないの?」
「いや、食べる」
東野が不安げに顔を上げた。いや、彼女は何も気にしていないのだろうが、こいつはあれだ。東野の箸から渡されたエビフライ。……食べていいものかどうか。
「ひょっとして、口に合わない?」
「そんなことはない。すごく美味いぞ」
ぱくり。勢いで口につっこんだ。うまい。うまいが、いまいち味に集中できない。
「……美味しい?」
「もちろんだ」
「そう、よかった」
のぞき込んできた東野が、にこりと綻ばせる顔を見て思った。
楽園か、ここは。