青春プレイボール!
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去年の文化祭でアイドルをやっていて、よかったと思います。あの時、苦しくてもつらくても、見ている人のために笑顔でやり抜こうって、かわいい三人の女の子たちと手を重ねたのはいい思い出。
いえ、その時の疲れとか苦しさとか、まーったく比にならないんですけどね。今は。
舌が熱い。ああ、それはきっと焼いた後でまだ冷めてないからだよね。じゃあ、このヒリヒリと襲う痛みはなに。
けれど、おずおずと上目がちに見てくるあおいちゃんの顔が、下に落ちてしまってもいいのか。笑え、笑うんだ、わたし。生理的に流れ出しそうな涙をぐっとこらえて、これでもかと口元に意識を集中させた。
「一緒に、作ってみよっか」
にこやかに微笑んでみせたとき、あおいちゃんは嬉しそうにうなずいて、葉羽くんと矢部くんからは、拍手が沸き起こった。猪狩くんと進くんですら感嘆の声を漏らすのだから、彼女が不憫でならない。
こんなに可愛らしくて、スポーツも得意な彼女にも、弱点はあるものなんだなあ。すこーしだけ、ほんのすこーしだけ落ち着いてきたような気がするような、気のせいのような。そんな舌とともに台所に向かった。
「あおいちゃんはスポーツマンだし、実践を見る方がわかりやすいと思うのね」
「う、うん!」
「よし、じゃあ、見ててね」
青い瞳の視線が、私の手元に届いているのを確認してから、卵を割る。たったそれだけなのに、あおいちゃんは上手、なんて持ち上げてくる。葉羽くんたちもみんな、静かにじっと見つめてきて、どこかやりづらい。
卵を混ぜる手を動かしながら、人知れず息をついた。その瞬間、口がちり、と刺激を覚える。いけない、スマイルスマイル。
「さすが、百合香さんは手際がいいですね」
「百合香ちゃん……オイラの愛人枠参入でやんす」
「なに言ってんの矢部くん」
「もちろん嫁はあおいちゃんでやんす」
「なに言ってんの矢部くん」
あおいちゃんがフライパンを見る目は、真剣だけれど子どもが初めてなにかを知るような、そんな輝きが宿っていた。作っている私も張り合いがある。
「固まる前に空気を入れるのがコツね」
「えっ、かき混ぜて平気なの?」
「うん、これくらいやさしくすれば大丈夫だよ」
へえ、と大きな瞳をぱちぱち鳴らすあおいちゃん。焼きあがったたまごを折り重ねてやると、うん、うすいコゲいろもついていて美味しそうだ。彼女も口をぱあ、と開く。
「わあ、すごく綺麗……」
お皿に盛り付けて差し出すと、食べていいの?と嬉しそうに言うものだから、以前彼女にされたように、箸を手に取ってちいさな口に運んでやった。
もういちど、驚いたようにまばたきをしたあおいちゃんは、すぐに愛嬌のあるえくぼを作って、閉じられた唇を上下に動かした。そのかわいらしいこと。矢部くんがきゃあきゃあ言うのもわかる。
「こんなかんじね。じゃあ、再チャレンジしてみよっか」
「うん!」
「な……まだ作るのか!?」
「おい猪狩、あおいちゃんにそれはないぞ」
「じゃあ、早川が作ったものをキミは食べられるのかい」
「兄さん、そんな言い方は……」
「そうだよ猪狩くん! ボクだって百合香に教えてもらったんだから!」
「そう! あおいちゃんの料理は最強でやんす!」
「本当に誰も止めないのか!? 東野が死ぬぞ!」
……しかし、あおいちゃんが作るということになれば、このとおり。なんなんでしょう。猪狩くんはあおいちゃんに失礼だよ、さすがに。それに、私が食べることも決まっているのか、誰も彼の発言をつっこまない。みんなに背を向けて、口にひいひいと空気を送ってみた。いたかった。
もう、ここは彼女のスポーツマンとしての実践力に賭けよう。未だ騒がしい彼らを、ふたたび目に映した。あおいちゃん、お願いしますね。祈る気持ちで、猪狩くんに青筋を立てるおさげさんを呼んだ。