青春プレイボール!
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結局、台所に立ったのは私と進くん。
あのあと、彼女にたまご焼きを作らせたはいいけれど……料理っていきなり出来るようになるものじゃない。みなさんには、葉羽くんが「矢部くん、しっかりしろ!」と介抱している姿をご覧いただけば、事の過程がわかるでしょうか。
「ごめんね、進くん。手伝ってもらっちゃって」
「いえ、僕も料理は好きだから気にしないで」
「へえ、家庭的なんだね」
「あの兄さんの弟だからね……」
そして、鎮火するごとく六人分のお昼ご飯を作る私と進くんの間には、平和な空気が流れる。なんか後ろががやがやうるさいけど、今は気にしなくていいよね。
本当、あの猪狩くんとは性格が似ても似つかないなあ。例えて言うなら木場くんと星井くんみたいな。斜め上にある彼の横顔を見つめた。顔はよく似ているのに。
「……百合香さん?」
「あ、いえ」
いけない、いけない。フライパンに目を戻す。葉羽くんが後ろから「百合香ちゃん浮気!?」とか言ってるけど、違うからね。
ふたりの違いなんて、目の色くらいかな。外見に関して言えば、それくらいそっくりだ。ああ、あとは髪の長さ。ぼうっと考えていると、もう進くんが材料をすべて切り終わって私の前に流し込んだ。あわてて炒めると「ひょっとして、早川さんのたまご焼きの後遺症?」なんて私にしか聞こえない声量でつぶやくものだから、彼も案外人間らしいところがあるのかもしれない。
「ううん、進くんと猪狩くんは似てるなあって思ってたの」
「……僕が、兄さんに?」
手を止めて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする進くん。そんなに驚くことかな。悪気もなくうなずいてみせると、彼の開かれた目が段々とおとなしくなって憂いを帯びた。そうかな、と力のない歪みが顔の上にできあがって。失言だったか。眉根を八の字にせざるを得ない。
「ごめん、いやな気持ちにさせちゃったかな」
「いや、気にしないで。ただ、兄さんは僕とは違って輝いているから……似てなんかいないよ」
手元の食材たちが香ばしさを引き立てるなか、進くんの顔はなじめず、いやに浮き上がって見えた。遠まわしに言ったことは、自分は輝いていないということ。なんだか、私自身を目に映しているような気がして、頭にキラキラ輝くあの子を浮かべた。
「……わかるかも、その気持ち」
「えっ?」
「私もみずきがまぶしくて、羨ましいなあって思ってるから」
頭を陣取る小悪魔とフライパンに気を取られたまま、目も合わせずに口を開くと、進くんは静かに私の視線を追う。
「……橘さん、か。たしかに、あの人も兄さんみたいな一面があるよね」
「うん、私はいつもあの子のお付きだよ」
「百合香さん、それを嫌だと思ったことはないんですか?」
「ううん、どうかなあ」
こっそり盗み見たのは、はかなげな目。進くんはきっと、猪狩くんの影に自分が隠れてしまうのを恐れているのかもしれない。
星井くんを思い出した。彼もきっと、木場くんとこういうことで悩んでたんだよね。彼の苦しみの中心が、今ようやくわかった気がする。
それでも、私も彼も違う人間。東野百合香と猪狩進であって、橘みずきと猪狩守ではない。私とみずきは重なり合っているわけではない。
「みずきのとなりは私しかいない、とは思っているよ」
にっと笑って見せたのち、すぐにフライパンに目を逃がす。進くんは、さすが捕手というか、なんというか。行間を読んだようで、いそいそと微笑をえがいた。
「そう、だね。僕も、橘さんのとなりは百合香さんしかいないと思うよ」
「でしょう? わたしがいないと、フキゲンになっちゃう子だから」
「ふふ、まるで兄さんみたいだ」
唐突に隣人がくるりと振り返った。それを追うと、起きたらしい矢部くんをまじえた他の三人が野球談義をするなか、じっとこちらを凝視していた猪狩くんと目が合う。いづらそうにすぐ逸らされたけれど、進くんは満足げにやれやれ、とつぶやいた。
「兄さん、いつもああなんです。僕がキッチンに立つとね」
「……そっか」
「お腹がすいてるんでしょう。早く作ってあげないと」
彼のアメジストのように澄んだ瞳には、猪狩くんがしかと映っている。