青春プレイボール!
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また、ある時のことだ。私の家には雅が来ていて。長い髪を下ろした彼女は首尾一貫して乙女そのもの、千人が千人とも美人だと絶賛する娘に違いない。男の子のふりをするなんて、あまりにもったいないなあと金髪を流し目で追った。
「百合香、最近はぼーっとしていることが多いね」
「え、そうかな」
「うん。なにか悩みごと?」
「そういうのじゃないよ」
私の視線にひょっこりと気づいた彼女の髪は風を含んで広がる。やっぱり、黄色のピカピカ光るインクを頭からかけたような色は目を惹くな。対照的に、眉を八の字に下げた雅はしげしげと不服そうだ。「じゃあなに?」と彼女は私のもとまですり寄って、頬をふくらませた。か、かわいい。我が幼なじみ、実に恐ろしい。私はおどけて身震いをしてみせる。
「もう、真面目に答えてよ」
うすべにいろのほっぺたがぷす、と破裂した。自由奔放な猫みたいだ。彼女の周りがそれを放っておかない。私も例外ではなく、降参と言わんばかりに隠しごとという選択肢を便器に流すのだ。
「そうねえ……野球が観たい、かな」
「野球?」
「そう」
「そっか、野球かあ。それなら今すぐ行こうよ」
しかし、彼女が立ち上がったことで、ゆっくり流れる時間は嵐に飲み込まれた。私の身体を一本釣りにしてみせた彼女は「早く早く」と私の都合などどこ吹く風なのか知らないらしい。
こうなっちゃ、どうにもとまらない。それに、雅は私を心配してくれてるんだ。ありがたく連れて行ってもらおう。ひらひら揺れる髪は、いつのまにかぴょこぴょこ跳ねる馬の尾になっていた。
さっき窓から見えたはずの風景はいざお天道様を浴びると、ずっとずっと鮮やか。コンクリートより古い茶色道が活気づいて、思いきり足で感じたくなった。ぎゅ、と一歩目を踏みしめると、身体に風をたくさんつめこんで胸がふくらむ。
「ねえ雅、どこに連れて行ってくれるの?」
「カイザースの試合だよ。この近くでやってるんだって」
「えっ、そうなの!?」
私は手をパンと叩いた。カイザース、プロの試合だ。しかも以前見たことのあるところ。土を押し出した無邪気な芽は、どこへ向かうのか。口角がのび上がって、こらえきれずに姿を現した歯を雅に見せつける。となりを歩く彼女は応えるように目を弓にした。
「百合香がそんなに喜んでくれるとは思わなかったよ」
「カイザースの試合は以前行ったことがあるから、なおさらね」
「へえ、そうだったんだ! 水くさいなあ、僕にも教えてよ」
「だって、雅もプロ野球に興味があったなんて知らなかったんだもん」
「よく言うよ。今まで僕が野球のことを話しても、全然興味なさそうだったのに。高校で何があったの?」
「ふふ、ひみつー」
「ええ、百合香は秘密が多いなあ」
互いに口をおつぼにしてちまちまと言い合う姿は、さぞ小鳥のケンカに見えるかもしれない。春風が笑い声をあげて、私と雅の髪がふわりと舞う。そしたら、次第におかしくなってきちゃって。
日差しに背中を柔らかく押される。もうすぐ、野球が観れるんだ。そう思うと、時間より、風より、なによりも早く進んでいきたい。雅の手を握って、私が飛んでいく番だった。