青春プレイボール!

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蛇島さんと話をしてから数日が経ったけど、今もなお考えるのはあの日のこと。自分の部屋でゴロンと腕を広げる。白い布はもうない。

「百合香、暇だあ」

しかし部屋で横になっているのは私ひとりではない。幼なじみの小山雅、彼女もまた同じくしていた。

「私は忙しい」

「なんだよっ、最近そればっかり」

「はあぁ」

「ちょっと、聞いてる?」

「はいはい」

「もうっ」

ほっぺたがぷ、と膨らむ音がした。きっと彼女が原因だ。

「ねえ雅」

「なあに」

「もし、好きな人に利用されてたらどうする?」

「ええ! 百合香っ、友沢くんに利用されてるの!?」

「あ、ええと、人にそうかもしれないって言われただけで……」

「……もしかして、忙しいって言ってたのはそれが原因?」

がばりと起き上がる雅の目は至って真剣。幼なじみという立場、私のことを心配しているのは明らかだった。私より長く光る髪を揺らして「僕が聞くから話してよ!」と息を荒らげる彼女に首を振る選択肢はない。ゆっくりと身体をあげた。

野球をする時とは違って、髪と同じ色の瞳にきりりと強い光が刺さっている。雅はきっと怒っているのだろう。親切な彼女のことだからその矛先はきっと、友沢くん。

「あのね、雅。今から話すことは誰が悪いってことじゃないの」

一度諭すと、さすがは幼なじみ。私の言いたいことを理解したのかはっとエクスクラメーションマークを浮かべ、すぐさま眉を下げた。「ごめんね。僕、そんなつもりじゃ……」と下を向くこの子はポケットじゃ収まりきらないほど情が深いのです。

彼女に蛇島さんから聞かされたことをすべて語った。もちろん、あのたんぽぽカイザースの蛇島桐人選手だということは隠して。

雅は頷きながら聞いてくれるものの、時に不服そうに目を細めたり、驚きで口が重力に逆らいきれずにいたり。彼女は相槌のうち方もよくわかっている。まったく、人思いな女の子だ。そんな雅のおかげで口の紐が緩む。

友沢くんのこと、私よりもよく知っている蛇島さん。そんな彼が私を友沢くんの女性除けに過ぎないと、そう言っていたんだ。蛇島さんは、これを憶測の範疇であって欲しいと話してくれたけれど、実際はどうだろう。私だって、彼からもらった言葉も、眼差しも、全部ウソだった。そんなことは考えたくもない。
気丈に振る舞ってきた口の形がだんだんとグニャグニャしてきて、やがて私の鼻がつんと震えた。

「百合香……」

雅はそんな私の手をきゅっと握って。雪のように白いくせに、私よりも体温を帯びている。私はその温もりに涙をあたためながら、なんとか話し切ったのだ。

「そっか、そんなことがあったんだ」

「うん、そうなの……」

つながれた雅の手から目を離して顔を上げる。そこには、ほんのりと影を宿した彼女がいたものだから私は息のしかたを忘れてしまった。自分の悩みを話していたはずなのに頭の中は雅への心配で一新。彼女は、暗めの金色を細く微笑ませて「百合香はさ」と力なく呟く。

「変わったね」

「え……?」

「でも、変わってないとこもある」

その言葉が理解できずに彼女を見つめていると、やがて大きな瞳が私をとらえた。さっき、雅の真剣な目は見たはず。それなのに、私はその黒く揺らめいている儚さに縛りつけられたかのようだった。目が離せないのだ。てらてら光る涙すら、動きを止めて流れようとしない。

「パワフル高校に行って、百合香は僕から遠くなったね。大人になって、やりたいことも見つけて」

「そんなこと……」

「ううん。僕、嬉しいよ。百合香は昔から引っ込みがちだったから」

金色の長い髪が浮かんで微笑む。しかし、それはとても彼女の言葉を体現しているとは言い難かった。

「でも、百合香は素直なんだよ。素直すぎちゃうんだ」

私の目を濡らすそれが移ったかのように、髪と同じ明るい色の宝石が艶っぽく潤う。到底男の子には見えない顔が弱味を見せまいと翻って、彼女の髪が遅れて靡いて。離された手をどうもできずに、私はその後ろ姿を見ていた。

「もっと自分が思うように、生きていいんじゃないかな」

くぐもった声だった。表情は見えないくせに、その言葉を聞いた途端、彼女の言いたいことが一つの巻物のように最初から最後まで頭を通り過ぎたの。たったひとことだったのに、その言葉が何重にも層を成していることに気づいたの。
ああ、幼なじみってこういう時にやっかいであって、ありがたいと思う。一を聞いただけで十まで全てわかってしまうのだから。

私はその男の子にしては華奢な背中に手を伸ばす。親友にも言われたことだ。その時は他の言葉など入る余地もなかったのに、幼なじみはわかってしまう。彼女の身体に腕を結んで、髪が下りている背中に額を合わせた。

「ありがとう、雅」

「……僕は、何もしていないよ」

「そんなことないよ」

すんと鼻を通った香りは砂糖たっぷりの甘いもの。私よりずっと女の子らしい彼女に目を閉じる。こうするのは久しぶりだ、中学時代の遠い記憶が掘り起こされた。
彼女の身体に回された両手を合わせると、雅も同じようによっつの体温が重なる。

「この先に友達とか、先輩とか、後輩とか……たくさんの人と関わると思うの。私も、雅も」

私よりすこしだけ大きな手が震えた。踏み出す勇気を与えてくれて、背中を押してくれたはずなのに、だ。未だこっちを見ない彼女は、最後まで隠し通そうとしてるんだ。

「でもね、私の幼なじみは雅だけ。世界中探しても、たったひとりだよ」

だから、見て見ぬフリをした。瞼は決して開かずに、彼女の肩が揺れて嗚咽が漏れるのを聞いていた。
雅にはお見通しだったんだね、私の気持ちは。みずきに投げつけられたこと、今ようやく叶えられそう。ここに帰ってきても私が眺めているのはこの景色ではないこと、彼女には伝わっていたんだ。

行かなきゃ、と思った。

雅が背中を押してくれたからじゃない。私がそうしたいと願うから。
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