青春プレイボール!

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遠ざかっていた甲子園を引き戻したパワフル高校へと惜しみない声援が叫ばれた。その中でも私の親友、橘みずきにはなおのことだ。ずっと思うような結果が残せていなかった彼女は、こんな大舞台で思いっ切り花びらを広げたんだから、観衆からも、スカウトさんからも、しまいには覇道高校の星井くんや木場くんからも賞賛を浴びていた。

最後の夏、まだまだこのチームで野球ができるんだ。でも、それはつまり覇道高校の三年生引退を意味する。パワフル高校はこうして、何校ものチームの涙を背負って甲子園出場を決めた。

そう思うと、ただ喜ぶだけではいけない気がする。そんな軽い気持ちじゃないの。質量じゃない、数値じゃ測りきれない重さがパワフル高校野球部にはのしかかってる。私はそれを背負うほど広い背中ではないし、そもそも元マネージャーが手で掬うだけでも片腹痛いよね。

さあ、帰ろう。次回からは甲子園だ。地域が違うものだからずいぶん時間がかかるけれど、ここよりかはずうっと近い。歓喜に包まれるパワフルナインの勝利を見届けたところで、私は背中を向けて球場を去ろうとした。

でもね、みずきに肩を止められたの。彼女みたいな有名人、もう少し人目を忍んでほしいものだけれど私も私、やっぱり彼女に呼ばれることをどこかで期待していたのかもしれない。百合香、と何年経っても忘れないだろう耳ざわりのいい声を投げられた。たったそれだけで浮足立って無重力だ。

しかし、振り返ったと同時に彼女のそばにいた友沢くんと目があって。地についた私はわざとらしく視線を逸らした。もちろん、この真意を知っているのは私だけ。彼からしたらいわれのないことだけど、ごめんなさい。頭の中で蛇島さんが浮かんで消えた。

「みずき、どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。何も言わずに来て、何も言わずに帰ろうっての?」

「うん、ここには私の家もないわけだしね」

「水くさいわねえ、家がなくたってまだ昼過ぎよ。ちょっと顔貸しなさい」

「顔貸すって……怖いお兄さんみたいだよ」

視界の隅に追いやりながらも気になってしまうその人、意識しちゃダメだと思えば思うほど私は天邪鬼。逃さないように、友沢くんは私をじっと見ている。きっと、私が彼の引っかかりを作ってしまったのだろう。私ってば、もう。

「いいから行くわよ。友沢、ミーティングは百合香といるからアンタが聞いておいてねっ」

「おい」

「さっ、レッツゴー! 甲子園出場記念、遊びに行くぞー!」

「……お前なあ」

私の腕を引くみずき。なおも、友沢くんの目が私にこびりついてはがれなくて、身体がむず痒くなってしまう。なんとか、今は。どこか下向きな胸の中で私は彼を引き剥がしてしまった。

「せっかくだし、お願いしていいかな。友沢くん」

「……しかたないな」

「ふっふーん、さすが百合香! 友沢の使い方を熟知してるわね」

「使おうって気はないんだけど……ごめんね」

「俺は東野の頼みだから聞いているだけだ」

そして、優しい人だからこそ私が作った引っかかりは彼からジャンプして飛んできた。しばらく見ていない彼の姿は、思ったよりずっと私をトリコにしてしまって……だから、だから、この人が好き。あなたのそばにいさせてって思ってしまう。ああ、また蛇島さんに言われたことが「それは幻想だろう」とせせら笑いながら私の頭をつつく。

「……ありがとう、それじゃあね」

「よーし、早く行きましょ!」

必死に曖昧な笑顔を作ってから、みずきの後を追いかける。彼の前を横切って球場から消えていく私の髪だけが、名残惜しそうに友沢くんへと揺れていた。

みずきとまたこうしていられる。自分がなによりも望んだことじゃない。それなのに、満足したはずの欲は喉元を過ぎてしまったようでまた枯渇を訴えた。みずきと一緒にいられればいい、それだけで十分だよ。ううん、友沢くんも好きなんだもん、気持ちを確かめてみたい。天使と悪魔の戦いも死闘を極め、なかなかに決まりそうになくて。私はひとりうやむやな思いを抱えながら彼女の背中を追った。
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