青春プレイボール!
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「百合香、友沢くんなら一塁側のスタンドにいるって、猪狩進くんが言ってたよ」
「雅、ありがとう」
「ううん、僕は百合香の味方だから」
にっこり微笑んだ雅は、私の後ろをヒョコヒョコとついてきた。私より身長が高いはずの彼女だけれど、この時はどうもこうも妹のような気がして拭えない。愛らしいのはいつものことでも、さらに無自覚の芳香を匂わせる雅には私ですら和んでしまうのです。
もちろん、こんなことを考えられるのは猪狩くんのおかげ。ふと、後ろを振り返ってみても、当然そこはまばらな人足、一際目立つエース様の影は形もない。
どうしたのと雅が不思議そうに見るものだから、私は彼の輪郭を胸の中で揉み消した。首を振る私に、腑に落ちてなさげな彼女。心配性だなあ、もう。心地良い優しさに飛び込んで包まれたくも、笑顔を見せるだけでご遠慮させてもらった。
しばらく、雅とふたり、一塁側を目指していた時のこと。
「いいなあ、僕も甲子園で試合してみたいよ」
男の子のように低く、女の子のように儚げな声に、私は彼女の顔に目を向けた。静かな横顔が真っ直ぐに黒土を見ている。白い頬に切なく光る髪が触れて、私の声が手を伸ばしていいものかと息を飲みこんだ。
彼女はこっちを見ない。私は、言葉選びがちにゆっくりと口を開いた。
「……最後の夏、だもんね」
「ふふ、チームのみんなには悪いけど、僕だけここにいられるなんてラッキーだね」
おちゃらけた言葉がおちゃらけきれない、男の子顔負けの声だった。
「猪狩守くんとか、猪狩進くんとか、友沢くんとか……あと、橘さんだっけ。矢部くんも。百合香の友達はみんな、ここにいるんだよね」
「……そうね」
「負けちゃったからなあ、僕は」
「勝つ人がいれば、負ける人もいるよ。それだけ、だよ」
「……百合香らしくないこと言うんだね。まるで、誰かからの受け売りみたいだ」
受け売りかあ、と復唱してみる。私はもう彼女から目を離して、同じグラウンドを眺めていた。さっきまで試合をしていた場所。もちろん、今はボールが飛び交うこともない。
「勝つ人がいれば、負ける人もいる。その通りだね。何も言えないや」
「でも、負けたから得ることもあると思うけどな。勝ち続けてたら、なにも変わらないよ」
私が雅に目を向けた時、彼女は視線をグラウンドに注いだまま、にっこりと微笑んだ。きれいだなあ、やっぱり。男の子にしておくには惜しい彼女がもしも、私と同じ道を歩んでいたらどうなっていたのか。……いいや、やめておこう。彼女はこの道を進んだから、今こんなに美しい顔を野球に見せられているんだ。
金のポニーテールがゆっくりと揺れて、輝く瞳が私を映す。
「……さっ、友沢くんを探さなきゃ。百合香、行こうよ」
強いて言うなら、紐が絡んで絡んで、でもギチギチしたものじゃなくてゆるりと結われたような気持ちだ。麗しくて、愛らしくて、でも儚くて。雅らしく微笑まれてしまえば、私は曖昧な笑顔で頷くほかない。