一日一アプリ

□凄腕スナイパーの護衛
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 俺の姉さんは社会人のくせに、休日となれば部屋に篭ってパソコンと対峙するゲーマーだ。それもFPS界じゃ有名なプロゲーマー。マウスにキーボードの動かし方を見れば、一目瞭然、ヒット。バカみたいに素早くて反応がいい。何度か俺もやってみなよと誘われたけれど、そんなものより、俺はこの手に馴染む方がいい。
 ここから見える華麗なスナイパーの活躍を眺めること、それが銃の手入れをしながらの唯一の暇つぶしであって飽きない時間だった。

 ある時、俺は雨が降り続く駅前に傘をさしながら立っていた。もう一本を手にぶら下げて。姉さんは風邪をひくような人ではないけれど母さんにも言われたし、とりあえず、だ。
 やがて傘を花のように広げて駅から散らばる人の波に、空を見上げて踏み出せない姉さんを見つける。ああ、いた。お疲れ様のひとつでもかけてやろうかと近付いた。しかし、俺の足はそこで見事に止まった。姉さんの後ろから肩を叩く男がいたから。
 なんだ、彼氏でも連れてたのか。それなら俺に用はないだろう。そう思ったのも束の間、姉さんは困惑げな表情になった。……信じられないけれど、あの凄腕スナイパーの姉がナンパでもされているというのかな。する側であれば百発百中だろうけど、されたとなれば断り方も知らないようで、姉さんはただただ弱々しく首を振っていた。そこで初めて、姉さんがスキのない人ではないのだと気づいたんだ。
 そう思ったら、弟である俺がすることなんてひとつだけ。足元で傘のおこぼれをいただく雨宿り中の小石を拾い上げた。もうすでに濡れてはいるけれど。
 駅という高い人口密度、失敗は許されない。狙うは、姉さんの肩を抱くあの手だ。俺の手から小石が離れてすぐ、男の手が驚いたように浮き上がり、姉さんの肩から距離ができた。あれくらいなら射程圏内、容赦なくもう一発を撃つ。続いて男は身体ごと姉さんから離れた。
「大和!?」やっと俺に気がついた。
「おかえり、姉さん」
 傘を一本渡してやると、男は俺の登場に何を思ったのか去っていく。それを見届けてから、ようやく姉さんは笑った。
「大和が助けてくれたのね、ありがと」
「ん」
 スキがないと思っていた姉さんは、パソコンを介さないと一般の女性になってしまうようだった。一方で俺は身体の一部のようなもの。それなら、あまり姉さんのことを買い被らないほうがいいな。
 ふたりで傘を片手に並んで歩くと、俺の方が背が高かった。姉さんがパソコンの前に着くまでは、俺が見てやらないとだなんて、珍しく思ったんだ。

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