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□魔女の秘薬でも変えられない
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 もしも、野球部のエースとして有名なクラスメイトが別人格になっていたら。どこかの映画の副題にでもなりそうなこの話は、フィクションであれば手を叩いて笑い転げる喜劇になったでしょう。しかし、そうもいかないのです。
 教室に入ったところで私は固まってしまいました。なぜなら、いつかクラス全員分のノートを運んでいた私に「待て! その持ち方ではもしも向こうから消しゴムが飛んできた時に気づかないぞ!」と必要以上の心遣いをくれた方が、今度は一風変わった心遣いをくれたからです。
「あら、名字ちゃん。慌てて来たのね? 髪が乱れているわよ」
「え、あ、寝坊して……」
「夜更かしでもしていたのかしら? ダメよ、髪は女の命なんだから!」
 ウインクと一緒にいただいたそれを、私は今度ばかりは受け取れそうにありませんでした。だって、ええと、どこから切り込めばいいのかな。言いたいこと、聞きたいこと、もうよくわからないこと、たくさんのことが一斉に頭の中で嵐になります。脳がごちゃ混ぜにされた気分、ブレインミックスとでも言っておきましょうか。
 とにもかくにも、私は動けなくなってしまいました。
「お、尾根くん……だよね」
「もーう、名字ちゃんってば面白いわね。当たり前でしょ!」
 額を小突かれれば、ようやく頭が回り始めたようで尾根くんをマジマジと見つめるに至りました。確かに、上下左右どこから見ても尾根くんです。これで、彼ではない別人物ということは八方塞がりに砕け散りました。
 しかし、他のクラスメイトは「お前はそこまで髪、長くないだろ!」と彼を茶化しています。どうやら、新しい尾根くんはもう受け入れられているようです。
「そ、そうだよね。ああ、髪の毛のこと、ありがとう」
「フフ、名字ちゃんは髪量が多いから、乱れやすいのよね」
「うんうん、そうなの」
「そういう時はね、髪を結んじゃダメ。あえて風に流す方がいいのよ」
「へえ、知らなかった!」
 しかも、彼は私よりずっと美に博識みたいで、やがて私も頷きながら女性らしい尾根くんに心を開いていきます。極めつけには、私に合うシャンプーを考えてくれたり、手入れの仕方を教えてくれたり。ここまでされて、彼に不信感を抱くなんてそんな人道に反したことはしません。
 まさにお姉ちゃん。頼れる彼は、変わっていないといえば嘘になりますが、私に限らずみんなの周りの微々たることを心配したり、解決策を出してくれたり。優しいところは変わっていないのだと思います。
「尾根、こっち来いよー!」
「ウフフ、誘ってくるコ、嫌いじゃないわよ。それじゃあね、名字ちゃん」
「うん」
 男の子に呼ばれて私の前を離れる彼を眺めながら、そうだ、自分の席に行こうと足を運び始めます。隣の席のクラスメイトも何かしら彼から教示をいただいたらしく、学校帰りにデパートへ行こうと私を誘いました。それを、彼から教えてもらったシャンプーを買いにと二つ返事で快諾したのです。

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