一日一アプリ

□明日のキミは何色か
1ページ/1ページ

 くろがね商業高校、私の進学先はすこぶる私に不向きな高校だった。経済感覚を養うここにおいて、私のようないわゆるお人好しは世間から甘い言葉を餌に釣れるカモだったのだ。
 それを知らずして入学時に唯一の長所を発揮してしまったからさあ大変だ。私は次の日から、面倒事を押し付けても嫌な顔をしないという共通認識にさらされた。かく言う今も、私は係の仕事をひとり黙々とこなしている。もちろん、自分のものではない。これをやるべき人は部活動に行っている。
 どうしてこうなったんだか、いや、自分のせいか。誰にぶつけようともすべてブーメランのように返ってくるもので、弁解の余地もない。
 ひとり頭を抱えながら書類を抱えていると、後ろのドアが開く。誰だろうかと振り返ればそこには宝塚くんがいた。彼は特徴的な眉を寄せて不快そうに私を見ている。
 読んで字のごとくお人に好かれたがる私の背中を汗が伝った。彼はゆっくりと近づいてくる。
「あ、あの……」
「キミ、それでいいのかい?」
「えっ、と」
「……本当は、なんとかしたいと思っているのだろう」
 しかし、彼の口から出てきたのは意外にも私の頭を叩くものではなかった。むしろ、撫でられるような穏やかな声だった。情緒的な色が見え隠れする彼の言葉は、まるで表情だけ別の誰かが演じているようだ。
 宝塚くんは、やはり顔をしかめて私に訪ねた。
「なぜ、ここまでやるんだい」
「自分で蒔いたタネだから。それに、やらないときっと嫌われちゃう」
「……わからないな」
 そういえば、宝塚くんは音楽部に演劇部、さらには野球部にも所属しているんだっけ。三足の草鞋を履くだなんて、私は両手両足を使ってもできっこない。
 彼は私に抑揚ある言葉で歌うように語ると、書類の塔には目もくれずに背を向ける。その様はまさに踊っている姿だった。
「自分で勝手に目を閉じているだけなのかもしれない。心の迷宮とはそういうものだよ」
 そして、ひとことだけ言い残して去っていく。目を閉じている? 心の迷宮? 聞きたいことは山ほどあったけれど、彼がもう舞台袖に消えていってしまったからそれはままならなかった。
 宝塚くんはいなくなってしまったけれど、どうしてか私は書類に手がつかない。これがなければ、友達はみな離れていってしまうと思っている。そう思っているのだけれど、宝塚くんのあの目が、言葉が離れない。
 今日の私は、昨日の私や一昨日の私と一緒にいた。それが離れること、ひどく勇気のいることだ。私の手はまだ空を掴むだけだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ