一日一アプリ

□赤を背負う男はこの俺
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「清吾くん、あなたとヒミツの関係になりたいの……」
「で、でも、名前ちゃんは女優だし……」
「ううん。私、清吾くんになら……」彼女は静かにシャツを落とした。
「何されても……いいよ」

「だ、大丈夫!?」
「あ、名字さん……」
「須々木くん、鼻血が出ているじゃない! 凪、なぎーっ!」
「あ、名字さん……」
 僕は腕で口元をグシグシと拭う。見れば、焼けた肌色には確かに鮮度のいい血がこびり付いていた。駆け出した彼女の後ろ姿と見比べると、確かに緊急色であることがわかる。でも、これは彼女のせいなんだ。それにキミは気づいていない。
 今もなお鼻血を垂れ流して立ち尽くす僕の情けないこと。鼻水のように吸ってこの場だけでも取り繕いたいけれど、肝心の彼女はもう倉家さんの方へと駆けていっている。その青くなっている理由が僕、ということだけが僅かな優越感だった。鼻からすべて逃げてしまいそうだけど。
 と、とにかく、これじゃあダメじゃないか。ようし、こんな時こそ妄想だ。僕は走攻守を完璧にこなす日本一のショート、世界一のショートなんだ。

「名字さん、俺は大丈夫だ!」
「えっ、でも……」
「よし、ノックしてくるぜ!」
「あの、せめて拭いた方が……」
「っしゃあ! 来い!」
 俺は背後で気遣う彼女の目をすり抜けグラウンドへ駆けていく。日本一のショート、それが野球を前にして沈黙し切っているんじゃあ話にならないからな。日本には有名な遊撃手が数多くいるが、あの六本木優希や友沢亮も俺の前では霞む。それが彼女にカッコ悪いところを見せてられるか? なあ、可愛らしい彼女は俺の後ろで声援をかけてくれる方がよっぽどらしいだろう。
 まるで夫婦のようなこの図は名前と俺だからこそ華が添えられる。――もちろん、ほかの女子たちからの声援も重なって。俺の走攻守、全てに魅了されて赤くなる名前が俺の頭に浮かんだ。現実になるのも時間の問題。
 ショートへ飛んでくるボールは一球残らず捕らえてやろうと腰を据えた。ノッカーが俺を指差す。さあ来い、ライナーだろうがショートバウンドだろうが捌いてやるから。背中で恍惚の眼差しを感じながら、血がついたユニフォームを泥に染めてやろうと俺は目論んだのだ。

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