一日一アプリ

□今日はファン感謝祭
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 女優だか誰だか知らないが、彼女が来てからうちの部には人が増えた。もちろん入部する者もいるとはいえ、大半は観衆だ。言うまでもないかもしれないが一応言う。ここの野球部は未だ公式戦で勝利を手にしたことはない。
 ということは、彼女はさしずめ人を招く福の神、もっともその容姿といい何といい、招き猫の方が合っているかもしれない。おそらく彼らはその猫に引き寄せられた群衆なのだろう。何と安い心だ。見え透いている。俺はそのような浮かれごとに興味はない。強いて興味があるといえるのならば、彼女がいることによるこのチームがどう生きるのか。その相関係数くらいだ。美貌がどうだこうだ言っている群衆は除いての話だが。
 彼女は分け隔てなかった。屈託のない微笑みで誰とでも打ち解けることのできる女性であったからだ。それは選手についても、マネージャーについても、はたまた野球部への黄色い声というよりただひとりの女優という一般の人間には到底手の届かない世界への慕情に声をあげる観衆についても同様だった。
「赤原くん」
 これも彼女の容姿によって基礎が固められた偽りの人格たる賜物だ。彼女は引いて見れば一般の女性に過ぎない。しかし、容姿によるハロー効果が強すぎるのだ。ーーちなみに、そのような女になど惑わされない部員もいる。片眉を動かすに留まった俺は、さぞかし彼女からは訝しく映ったことであろう。なにしろ、野球部で彼女に対しこうした反応を示す人間は俺以外にいまい。
「なんだ」
「凪から聞いたよ。強豪野球部が好きなんですって? 私、覇堂高校にいたの」
 と、思ったのも束の間。俺は気が遠くなっていくのを感じた。

「な、なんと! では名字殿はあの木場水鳥バッテリーをご存知というわけですかな!?」
「え? ああ、木場くんも水鳥くんもクラスメイトだったよ。そこまで親しくなかったけど……」
「羨ましい、羨ましいですぞ! で、では授業中の木場嵐士や休み時間の水鳥忍も知っている……! 是非そのお話を私に聞かせてくだされ!」
「うん、い、いけど……」
 この赤原勘八、今モーレツに感動しておりますぞ! なぜならあの爆熱と名高い覇堂高校のあんなことやこんなことを聞けるのですからな! デュフ、デュフフフ、今日はすべての記憶力をここに集約せねば!
 ワタシは目を丸くしている名字殿に勝るものなどあるものかとキャッチャーマスクを投げ捨てました。
「あ、あはは……」
 さて、どんなエピソードが聞けるのでしょうか。優しく微笑む名字殿を前に、ワタシはお腹が空いて来るのでありました。

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