青春プレイボール!

□02
1ページ/2ページ

「どうするよ?」
「んー、俺はせっかくパワ高に入学したしなあ」
「でもさあ……」
「ああ、あれだろ? 猪狩守」
「そうそう、俺ポジション同じだから勝ち目ねえっての」
「俺はセカンドだから余裕だな!」
「バッカ、余裕じゃねえよ! セカンドってことはレギュラーとったらあの友沢と二遊間組まなきゃいけないんだぞ!?」
「え、友沢!? あいつシニアの時、ピッチャーじゃなかったか?」
「なんか、転向したって言ってたじゃん。腕壊したとかで」
「ひえー、シニアで腕壊すとか練習量がちげえよなあ」
「あいつ次元が違うから、二遊間組むとなりゃプレッシャーだな……」
 もう四月も終わりに差し掛かったころ、そろそろ部活を決めなければならない時期にきていた。廊下で馴染みのある名前が聞こえてきて、私の足は新車顔負けの急ブレーキがかかる。彼らの話の内容は猪狩くんと友沢くんのことだ。結局、ここ何日かの間で野球部に入部することを決め、部活に通ってわかったことだけれど、彼らは本当に腕の立つ選手みたい。猪狩くんがマウンドに立てば、そして友沢くんがバッターボックスに立てば、ざわめきが聞こえてくる。ふたりは紛れもなく頭ひとつふたつ出てきた実力者。そんなことは誰が見てもそう思う。でも、マネージャーとして見てきた他のみんなも十分頑張っていた。だから、諦めてほしくない。諦めることに、他人を理由にはできない。……そんなこと、私が言っても所詮楽観的にしか聞こえないのだけれどね。だって、野球はレギュラー争いもある。私はただのマネージャーだから。それでもなんとかしたくて、そういう人に積極的にドリンクやタオルを渡しに行ったり、声をかけたりした、つもりだ。
「百合香ちゃーん!」
 そんなことを考えながら歩いていたら、彼らに気付かれてしまった。どうしよう、今はあまり部活のことを話せないから会いたくなかったのだけれど……しかたがない。
「こんにちは、みんな集まっているんだね」
「そうそう、俺ら野球部どうすっかなーってさ」
「……やめちゃうの?」
「でも、百合香ちゃんのこと思うとやめらんねえわ俺!」
「おまっ、単純かよ!」
「だってさー、他のマネージャーはみーんな猪狩とか友沢とか一軍の方に行くのによ、百合香ちゃんは一番初めに三軍メンバーの方に来てくれるんだもんな!」
「だって、みんな頑張ってるもん。猪狩くんとか、友沢くんとか……関係ないと思うよ」
 それとなく、本音を口にしてみる。お前に俺の気持ちはわからないと言われてしまえばそれまでだ。賭け事をしているようで嫌な汗が流れたけれど、みんなは悪い意味でとらなかったみたい。
「あーっ、いい子だよなあ! ほんと百合香ちゃんは!」
「全くだ! あっ、でも俺がレギュラーに上がったらその優しさもお陀仏か……」
「はっはっは、お前がレギュラーなんて無理だって!」
 彼らの純真さに安心していると、さらに降ってきたのは、笑う声に混ざってこの場を去るチャンス。騙すつもりはなくとも、童心を思わせる彼らに胸が痛んだ。
「そうだ。私、用事があったの。それじゃあみんな、またね!」
 ばいばーいなんて子どもみたいな声を後ろから聞きながら、私の足は職員室に向かう。手にはさっき咄嗟に隠した、シワのついた入部届け。そして、頭の中で考えるのは、あの日友沢くんに言われたこと。彼が才能という言葉を認めていなかったのは確か。でもそれを言いたいのは、あの人たち。友沢くんはむしろ才能に恵まれていると思う。じゃなきゃ、投手から野手に転向することも、野手で成功することもできない。友沢くんは……あの時、どんな気持ちであの言葉を言ったのだろう。
 そんな、悶々と解決し得ないことを悩みながら歩いていた私に声が飛んできた。私の名前だ。その主は、もう一人の強者だった。
「部活はもう決めたのかい?」
「うん、野球部だよ。猪狩くんと同じだね」
「そうか、それは良かった」
「すごいよね、猪狩くん。一軍もそうだけど、エースの座を争ってるんだから」
「ははっ、まあね」
 それじゃ、とかっこよく片手を上げながら去っていく猪狩くん。才能に恵まれている人のひとり。そんな彼に、三軍の人たちはどんな気持ちでいるのだろう。才能ってなんだろう、才能がなくては、野球を捨てなきゃいけないのかな。いつしか、彼らを見つめる目が変わってきていることに気付き、慌てて思考を断つ。強い人は孤独だと聞くけれど、あながち間違っていないのかもしれない。私は去っていくクラスメイトの背中を複雑に入り組んだ気持ちで見送りつつ、職員室に足を運ばせた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ