青春プレイボール!

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 文化祭が終わったからって、私たちに休息はありません。だって、今は秋大予選の真っ最中。……と、言いたいところなのですが。
「うう、百合香……なんか熱っぽい」
 なんと、文化祭の疲れでしょうか。レギュラー選手の大半が熱で体調を崩していました。みずき、あおいちゃん、友沢くん、猪狩くん、進くんの一年も全滅。保健室のベッドはいっぱいいっぱい。部室を使うことで、なんとかみんなを横にはさせられたけど、レギュラー外の部員が忙しなく水道と部室を行き来していた。
 文化祭の疲れだなんて綺麗事を言いましたが、果たして日頃私の数倍も頑丈そうな彼らが一斉に音を上げるものでしょうか。
「……ねえ、なんだか変だよね」
「百合香ちゃんも、そう思う、よね……」
 水道に向かっている私と小筆ちゃんは、ふたりでこそこそと話し合う。この時期にバタバタとレギュラーばかりが倒れるのはおかしい。なんでかなあ。黒いかたまりしか出てこない頭で考えながら小筆ちゃんを見れば、彼女は意を決したような顔をしていた。
 そして私の名前を呼ぶ。声はいつもより少しだけ大きい。
「あの、わ、私ね、人聞きの悪いことを言うのだけど……」
「うん、なにかな」
「ご、極亜久高校の、仕業じゃないかなあって思ったり……」
「極亜久高校って……」
 次の試合相手の極亜久高校? そう聞き返せば、小筆ちゃんはこくりと頷く。そんな、まさか。こんな卑怯なこと、するわけない……とは思う。というより思いたい。だって、極亜久高校って、極東亜細亜恒久平和高校だよね。そんな素敵な名前の学校がこんな意地汚いマネはしないんじゃないかな。
 黒いかたまりの他にも考えられるようになった頭で再び考え込んでいれば、彼女がお次は小さな声で呟いた。
「でも、極亜久高校って不良さんがたくさんいて、すごく怖いところだ、から……」
「えっ、荒れてる学校なの?」
「う、うん……入学式に、バイクがつっこんだって、ニュース、見たことあるよ」
「入学式にバイク……?」
 それはまたずいぶんと荒れている。もしかして、本当に極亜久高校がやったのだろうか。だとしたらひどい話だ。みんな頑張っているのに。悔しい、こんな時に見ていることしかできないなんて。
「なにか、確かめる方法があればいいんだけど、な」
 しかし、小筆ちゃんの冴えた発言にハッと顔が明るくなる。あるよ、あるじゃない。できること。
「私、極亜久高校に確かめに行ってくるよ!」
「え、ええっ!? 百合香ちゃん、何言っているの!? あの、極亜久高校、だよ……! 何されるか、わからないよ!」
「大丈夫。ただ、確かめに行くだけだから、ね」
 珍しく大きな声で反論した小筆ちゃん。わかって、私にできることはこれくらいしかないの。彼女の肩を掴んでまっすぐ目を見ると、言い淀むように下を向く気弱な瞳。
 しかし、もう一度見えた小筆ちゃんの顔は、綺麗な目が眼鏡越しにキッとつり上がった、見たことのない彼女でした。
「それなら、私も……行きます」
「ええっ!?」
 そして、驚きの声をあげるのは、私の方でした。

 あれから小筆ちゃんも私も一歩も引くことなく、結局ふたりで、いや四人で極亜久高校の校門前に来ている。極東亜細亜恒久平和高校と掲げられた表札にはスプレーで落書きが施され、校門外のここからでもわかるほどの大きな穴が校舎の窓ガラスにつけられていた。なるほど、これは確かに荒れている。
「初めて来たけどよ、やべえ学校だな」
「そうかなー? アタシの中学と何ら変わらないよ、兄ちゃん」
「なにっ、静火の中学は今こんなに危ねえのか!? 兄ちゃんが守ってやるからな!」
「ヘーキだって。つーか兄ちゃんたちがマジメな学年だっただけだし」
 そして、極亜久高校に行く前に、覇道高校で助っ人を頼んだ。それがこの兄妹、木場兄妹。本当は、静火ちゃんだけ頼んだのだけれど、快諾した彼女を見ていた木場くんも「静火だけじゃ危ねえだろうが!」と言ってくれた。お兄さんの方は連れて行かねば何が起こるかわからないので、もちろんだと慌てて首を縦に振ったものだ。
 それでも勇気を分けてもらえるのは確か。静火ちゃんも木場くんもエネルギッシュだから、こういう人たちともきっと対等にいられる。私たちだけでは虫の息であるのを龍の息吹に変えてくれる人たちだ。
「秋大中にごめんね、静火ちゃん、木場くん」
「いいんですって! 百合香先輩のためなら、アタシ頑張っちゃいますから!」
「レギュラー潰しとか高校野球ナメてんのか! そのうえ静火になんかしようもんなら、俺がボコボコにしてやっからな!」
「まだ決まったわけじゃないけどね」
 非常に心強い味方です。小筆ちゃんは慣れないのか震えてるけど、それが最初のころの私みたいで。それなら、慣れるのも時間の問題かな。彼らは本当にいい人なのですから。
 意外にも、校舎内にはすんなり入ることができた。それもこのふたりがジロジロと見てくる、ええっと、なんだったかな。そうだ。ガンだ。ガンをつけてくる生徒たちに怒声を飛ばしてくれるから。なんだか悪いことをしている気がする。というより悪いことをしているわけだけど、ここは耐えなきゃ。
「野球部出てこいよ!」
「テメェらのせいで先輩たちが迷惑してんだよ!」
「だ、だからまだ確証はないわけで……」
 こ、こわい。木場くんはまだしも、静火ちゃんはいつも元気な女の子というイメージだからなおさらだ。しかし、木場くんの妹さんなんだね。ああもちろん褒めています。褒めていますとも。静火ちゃんは、怒らせないようにしなきゃ。と心の中でひっそり誓いを立てた、その時でした。
「あ? 野球部ならワイらやで」
 やっと見つけた、野球部の方。マスクをしており、さらにはものすごくええそれはそれは目つきの鋭い方で。ビクリと身体が震えたのは私と小筆ちゃんだった。
「テメェら、パワフル高校のレギュラーになんかしたんだってなあ?」
 口に出さず胸の中で叫びます。まだわからないのですよそのことは!
「ほお、なんや。急にケンカのお誘いか? あん?」
「トボケてんじゃねーぞゴラァ!」
 木場くんとマスクさんが顔を近づけてビシビシと飛び交う怒号。怖いけれど、彼にばかり任せてちゃだめだ。もとは、私たちパワフル高校のことなのだから。
「あの、野球部さん」
 ピタリと怒鳴り合いをしていたふたりが止まり私に向く。ふうと息をひとつ吐いて、激しく警鐘を鳴らす胸を落ち着かせてからマスクの彼に近づいた。
「私はパワフル高校野球部、マネージャーの東野百合香です。今日は、確認したいことがあって来ました。……お願いします、部長さんに会わせてください」
 手の震えも、足の震えも、力を入れて止め、強めの声で、まっすぐ彼を見た。頭は下げない。そのままで。
「……同じくパワフル高校野球部、マネージャーの京野小筆です。大事な話なんです、どうか、お願いします」
 いつものおっとりな雰囲気も身を潜めた、はっきりとした口調。それに続くように木場兄妹が彼を睨みつけた。そんな私たちに圧倒されたのか、マスクさんはケッと吐き捨てて。「ついてきいや、くそったれ!」そう投げやりに唾まで吐き捨てた。
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