青春プレイボール!
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約束通り、翔太くんと明恵ちゃんが食べたいと言っていたエビフライを作った後のことだった。
「いいよ、気にしなくて」
「そういうわけにもいかない」
彼は、そういうところがしっかりしすぎているのかもしれない。翔太くんと朋恵ちゃんの帰らないで攻撃をなんとか耐え抜いたと思えば、送ると言い出したのは友沢くん。できれば、合宿開けの休みなんて、ずっとお兄ちゃんといられなかったふたりといてほしいものなんだけど、私ひとりで帰すのは、彼のプライドに反するらしい。
「じゃあ、お言葉にあまえて」
「ああ、東野はもっと俺を頼ってくれていい」
そんな優しいことを言うものだから、直視できなくなる。ずるいよね、本当に。一度目をつむって、落ち着かせる。こんなことでドキドキしてちゃ、この人と付き合っていくことなんて、できないんじゃないかな。
そうだ、別のことを考えよう。上向きに空を見て、さっきのことを思い出す。友沢くんたち、喜んでいたなぁ。料理を食べた時の、緩む顔。翔太くん、朋恵ちゃんはもちろん、友沢くん、みずきも。みんなみんな、すごく美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐がある。
ふと、彼の家を出て、少し歩いていった先に、保険の宣伝をしているお兄さんが目に入った。
未来の計画を立てていますか、と、道行く人に問いかけている。未来の計画か。何も立てていないな。私は。
「友沢くん」
「なんだ?」
友沢くんはどうなんだろう。聞こうとした口は、一度閉じられた。思い起こされたものがあったから。合宿で聞いたこと。友沢くんは、プロ入り確実。聞くまでもない。再度開かれた口から出たのは、曖昧に濁す乾いたものだった。
そっか、そうだよね。この人は未来のビジョンをしっかりもっていて、やりたいことも決まっている。一方、私はスタートラインに立ってすらいない。将来、なにをするか。3年になって、バタバタする前に考えておかなきゃ。
「東野」
意識が引き戻された。ハッとする。瞬きをすれば、ピントが合ったのは怪訝そうにしている友沢くん。
「え、な、なに?」
「……お前、ぼんやりしているぞ」
「そう、かな」
見上げた先の友沢くんが、すごく遠く、眩しく見えて、目を逸らした。それを逃す彼ではない。
「なやみごとか?」
「…………」
「……俺を頼ってくれていいって言っただろう」
納得してない顔。そうか、友沢くんにもっと頼ってもいいんだ。わたし。にっと頬を持ち上げた。
「ねえ、高校のグラウンドに行きたいな」
「かまわないが……」
すぐに行先を変えて、私の強引な願いを叶えてくれた友沢くん。首をひねっているけれど、ここにいると、なんだか安心する。
「何かしたいことでもあったのか?」
「ううん、なんとなくなの」
もちろん、練習がない今日は、グラウンドには誰もいない。広いベンチに座る。後ろから着いてきた彼も、となりに。人影はないはずなのに、見慣れたそこからの景色は、知らず知らず、脳裏に染みついたものを映す。瞼を閉じれば、みんなの声、金属バットの音、グラブの音。まるでそこにあるかのように、聴覚を揺さぶった。
「いつも、ここからみんなのこと見てるとね、かっこいいなあって思うの。きらきら、かがやいてて」
ひとりごとのよう。気持ちのまま、言葉になりきれなかったそれ。友沢くんは、どう思ったのか。おもむろに立ち上がった。上着を脱いで、薄手のシャツをまくる。その行動に、思わず凝視。部室の方に消えていき、バットを手に持って戻ってきた。
「友沢くん……?」
「見ていろよ、そこから」
肩に掲げ、振り返る。何度か見た姿。なにとなしに、横に脱ぎ捨てられた上着を胸に押さえつけた。猪狩くんに、言われたことがある。でも、それとは比にならないほどで。押さえる両手に、こもる力。私から離れる。彼は構え、思いっきり、空を割いた。
できなかった。目を離すことなんて。
もっと、もっと見ていたい。支えたい。近くで。無我夢中になって、野球というすべてに打ち込む彼を。彼らを。
両手は、すでに膝の上に降りていた。