青春プレイボール!

□34
1ページ/3ページ



「百合香ちゃん」

「な、なにかな矢部くん」

「みんなに隠しごとを……しているな?」

「えっ、え、と、いや、そんなこと……」

「っていうセリフが昨日のアニメでやってて、オイラしびれたでやんす! かっこよかったでやんす!」

「……あ、そうなんだ。よ、よかったね」

ボール磨きをしていたら、矢部くんがそんなことを言うから驚いた。というより、焦った。
彼は私のおかしさに気づいてないみたいで。よかった。
そう思うのも、理由があります。それは、今日だからです。蛇島さんと会うのが。午前中は野球部があるけれど、そのあとに駅から少し離れた公園で待ち合わせている。誰にも話してないから、悪いことをしている気になる。そんなことも関係しているのか、あまり楽しみとはいえない、今の私。

「けれど、百合香ちゃん、今日は元気がないでやんすね」

「あは、そうかな。ここ最近がんばりすぎてたからかも」

「なるほど、それならオイラが肩もみしてあげるでやんす!」

なんとか、上手にごまかせたかな。背後に回る矢部くんに目尻を下げた。選手なのに、マネージャーのことまで気遣ってくれるなんて。ありがたい御心におろしていた髪を丸めあげ、お願いします。メガネの奥が光ったような気がする。

「ゴクリ、それじゃあお邪魔するでやんすよ」

「ふふ、ありがとう」

首裏のすこし、した。それくらいの位置に置かれた太い指。ぐい、深くくいこんだ。その時、私の身体に感じたことのない痛みが走る。小さく悲鳴をあげて顔を歪めざるを得ない。

「い、痛いよ矢部くん……! もっと、やさしくしてっ」

「申し訳ないでやんすぅ」

笑いごとじゃないんだから。だらしなく緩んでる顔に目をとがらせる。もう、わかってるのかしら。なおも続く圧力。さっきより緩和されたものの、身をよじるほど強い。短く息を吐いた。男の子の力ってこれくらいが普通なのかな。矢部くんがよかれと思って、してくれていることだし、耐えなきゃなのかな。唇を噛みしめて、潤みだす瞳を閉じる。ぐっと、我慢。

「何しているんだ」

しかし、そこで引かれた腕。座っていたベンチから立たされて、誰かの胸が目の前にあって。見なくてもわかった。だって、こうされたことがあったから。とたんに胸が騒がしくなる。そこだけじゃない。頬も、手も。見上げれば、思った通り。高い場所にある金色。

「と、友沢くん! いや、オイラは百合香ちゃんが疲れているだろうと思って……」

「そうか、それは感謝する」

矢部くんがじゃあ、オイラはこれで!と走り去る。顔は見えないけれど、足音が遠くなって、やがて消えた。未だ、解放されない腕の中。心が高鳴っているのは事実なんだけど、浮かび上がること。それは、あのときのことで。力いっぱい、頼りない腕で押した。

「東野……?」

打ちつけに、私を離すこととなった友沢くんは不思議そうな、そして、不安そうな顔をしていて。そんな顔にさせて、ごめんなさい。思いをのせて、なんとか笑みをつくってみせた。

「も、もう、部活中だよ」

「それなら、東野はもう少し危機感を持て」

「うん、ごめんね。練習していたのに」


「……まるでわかってないな」

この場を取り繕おうと、したのに。私は彼の逆鱗にふれてしまったらしい。友沢くんのつりあげられた目。再度、掴まれた腕。強い力で引かれて、抵抗なんてできなくなる。だめよ、今は部活時間。周りの選手もちらちらとこっちを見ないように様子をうかがっている。……みずきの室内練習が、こんなところで災いするなんて。

「来い」

「で、でも! 友沢くんはレギュラーで……」

「いいから」

震え交じりに吐き出した反論なんて、効果があるはずもない。微かな力で友沢くんから離れようとするけれど、容赦なく連れて行かれる。ベンチからだんだんと距離ができて。気づいたら、校舎まで来てしまった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ