青春プレイボール!
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「こんにちは」
「あら、百合香ちゃんじゃないか」
「近くまで来たので。あ、ついでで申し訳ないのですが……」
「いいって。人はたくさん来てくれたの方が嬉しいからねぇ」
「ふふ、そう言ってもらえると、助かります」
待ち合わせ場所からそう遠くないからと、私は病院のなか、友沢くんのお母さんの病室にいた。
幼いふたりの質問に動揺したり、携帯を鳴らしてしまったり、いろんな失態を侵した私を快く歓迎。素敵なお母さんだ、本当に。
「今日は、亮と一緒じゃないんだね?」
「あ、いえ。このあと出かけるんです」
買ってきたティーパックを開けて、ふたつ取り出す。病室に備えてあるカップを洗って、簡単に拭いた。病院のカップだというのに、すごくオシャレ。小さなヤカンに水を入れて、火にかける。
「……ありがとうね、百合香ちゃん」
「そんな、こんなものしか持ってこれないのに……」
熱されたそれがピーピーと私を呼ぶ。はいはい、今行きますよ。カップにお湯を注ぐとそれぞれにパック。
「それだけじゃないよ。亮のこと。あの子、普段から野球ばっかりだろう? たまの休み、百合香ちゃんのおかげで息抜きができるからさ」
「息抜きになっているのでしょうか……。野球にまっすぐで、バイトもたくさんやっていて、彼のことを邪魔していなければいいなとは思いますけど……」
私に時間をかけるより、翔太くんや朋恵ちゃんとも過ごしてほしいし、ね。ティーパックをカップからあげる。うん、いい色。ひとつを友沢さんに渡すと、彼女は少し驚いた顔をしていて。ちょっぴり不安になる。
「……紅茶、おきらいでした?」
「いや、そういうわけじゃないんだよ。ありがとう」
友沢さんはあわててカップを受け取ると、そそくさと紅茶を飲み始めた。嫌いじゃないならよかった。私も、彼女のベッドの横に椅子を持ってきて座る。
タイミングを合わせるように、私も紅茶に口を付ける。うん、いい味。さすがアップルティー。とっても飲みやすい。
「ただね、百合香ちゃんみたいないい子、亮にはもったいないと思っていたんだよ」
私は、胸の前で手を振ってみせた。
「そんなことないですよ。むしろ……逆です」
「逆?」
「亮くんはすごい人ですから、たくさんの人が憧れたり、慕ったりして、雑誌にまで載ったりで。私には、本当にもったいない人です」
彼は、私のことを輝いているって言ってたけれど。デートに誘われた時のことを思い浮かべる。きっと、本人に知られたら、変なことは考えるなって怒られるんだろうな。
手の中のティーに注がれた私の目は、彼女にどう映ったのか。
「……百合香ちゃんが亮をたてているのはわかったけれど、どんな人間にも支えが必要だからね」
穏やかな目が私をまっすぐに見つめた。とらえられてしまったら、支え、と虚ろに復唱することしかできない。
「私や翔太、朋恵は、亮が支えてくれるから、こうしていられる。けれど、あの子は、ほら、ちょっと気難しいところがあるだろう? 変に大人びているというか……」
「たしかに、大人ではあると思いますが……」
「昔はもっと泣きむしで、甘えん坊だったんだけどねぇ。今じゃ、自分の話なんてほとんどしない子になってるじゃないか。……人を支えるだけ支えて、誰にも支えられていないんじゃないかって不安なんだよ」
いつからああなったのやら、と眉を下げる友沢さん。その顔はれっきとした母親、そのものでした。そんな表情をしてくれる人がいる、それだけで友沢くんは支えられていると思うけどな。
「そんな亮がね、ここ最近話してくれるようになったことがあるんだ。それが、百合香ちゃん、あんたのことだよ」
「私……?」
「そうさ、亮は嬉しそうに百合香ちゃんのことを話すんだよ。百合香が、百合香がってね。」
意外だ。あのクールな友沢くんが、お母さんの前でそんなことを話すなんて。
「朋恵たちにも話すもんだから、あの子たちも百合香お姉ちゃんってさわがしくてねぇ」
彼女が嬉しそうに笑って、紅茶を口にする。私も弾かれたように、カップを手に取るけれど、あまり味は感じられなかった。だって、私が思っていた以上に、友沢くんは私のことを考えてくれているみたいだから。
「そう、だったんですね……」
「亮の支えは、間違いなくあんただよ。百合香ちゃん」
友沢くんの支え、なれるなら、なりたい。支えてあげたい。私でいいのなら。もう一口、アップルティー、さわやかで甘くて美味しい。