青春プレイボール!

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冬も近づいてきて、寒くなった。そのせいか、部活も午前中で切り上げ。だから、今日は決めていたことがある。それは、あおいちゃんに以前から頼まれていたこと、料理教室。
私なんかよりも上手な人はたくさんいるはずなのに、野球部に料理をふるまったこととかで、私が憧れなんだって。なんと恐れ多いこと。

それでも、私もあおいちゃんとお料理してみたい。二つ返事で、家に連れてきたというわけだ。

……というわけだったんだけど。

「ウヒョー! これが女の子の家でやんすか!」

「な、なんか、いるだけでドキドキしてくるね矢部くん!」

「ふん、東野の家になら僕は一度来たことがあるよ」

「聞いてないよ猪狩くん」

「……すみません、百合香さん」

「い、いえ、お気になさらず……」

なぜ、こんなことになっているのでしょうか。ここにいるのは住人である私、誘っていたあおいちゃん、ここまではよくわかる。それと、どこからか情報を仕入れてきた矢部くんと、矢部くんについてきた葉羽くんと、キミたちがふたりにヘンなことをするかもしれないとついてきた猪狩くんと、お兄さんを連れ戻そうとして、ミイラ取りがミイラになった進くん。

もう、わけがわからないけれど、来てしまったからには追い出すこともできない。みずきとか騒ぎが大きくなりそうな人はいないし、まあ、大丈夫、だといいな。

「と、とにかく、始めよっか。あおいちゃん」

「はいっ、東野先生!」

「うぐっ、しょっぱな先生プレイでやんす……!」

「矢部くん! 心の声!」

……大丈夫、だといいな、うん。とにかく、後ろがうるさいからいつもどおりでいいよ。彼女の肩にぽんと手を置いた。
今日はエプロンだけじゃなく、三角巾までしてみたよ。あおいちゃんが持ってきた黄色のエプロンはとってもよく似合う。まるで、新妻みたい。あおいちゃんあおいちゃん騒いでいるメガネくんは、無視しておこう。

「じゃあ、何を作ろうか」

「ぼ、ボク、たまご焼きが作れるようになりたいんだ!」

「たまご焼き? お安い御用です!」

朝ごはん、時間があるときに作るたまご焼き。すぐにできるものだし、彼女は要領が良さそうだから、完成も早いだろう。私はまずやってみてねと、彼女に台所へ席を譲った。
ひとり暮らしのそこなどたかが知れている広さ、ギャラリーさんは台所から離れたところで私とあおいちゃんの様子を見守っている。

「まず、たまごを割るでしょ」

「はい、そうですね」

「かき混ぜて」

「ええ、ええ」

「味付け!」

「そ、そうですねえ」

……徐々に私の顔から笑みが消えていく。ただ、たまごを混ぜて味付けしただけなのに、ドロッとしている。なぜ。
この先が不安になるのは、後ろの彼らも同じ。「進、僕の方がまだできるだろ」「そう、かもね……」そんな会話しないのふたりとも。

それでもあおいちゃんは、観衆など目に入っていない。それくらい楽しそうで、顔がキラキラ輝いていて。料理が大好きなのは明らかだった。

「焼きます!」

「どうぞ……」

にっこり、愛らしく笑うあおいちゃんとは似ても似つかない、フライパンの上のそれ。どうしてかな。黒いものは入ってないのに、すでに黒い。
おさげを揺らしながら、鼻歌をうたう新妻あおいちゃんだけ見ていたい。できれば、フライパンは視界に入れたくない。
矢部くんたちも始まる前はあんなにうるさかったのに、全員固唾を呑んで黙りこくっている。

「できたよー!」

「や、やったね」

結局、そのしあわせそうな顔をとめるなんて魔王的かつ勇者的な偉業を成し遂げることは誰にもできず。盛りつけられた皿の上には、見ているだけだった私たち五人をあざ笑うように、ふてぶてしいかたまりが陣取っていたのです。
……いえ、これは誇張表現ではないのです。ここで起きていることを忠実に再現した話なのです。黒い結晶からむらさきいろのケムリがあがっているのですよ、本当に。

「さっ、食べてみてよ!」

「キミ、僕たちを殺す気か!」

「女の子に何言ってるの兄さん!」

「ムキーッ! あおいちゃんの手料理を食べられる猪狩くんはしあわせものでやんす! そのまま天に召されるでやんす!」

「猪狩、お前のことは忘れないよ」

「おい、やめろ! 本当に昇天しかねないぞ! 葉羽、聞いてるのか!」

そして、人間の醜い本能でしょうか。一番に口を開いてしまった猪狩くん、ここぞとばかりにしわ寄せが襲ってきました。
たしかにこれを食べるのには、なかなか勇気がいる。けれど、私のとなりにいるあおいちゃんが寂しそうな顔で「ボクの手料理なんて、誰も食べたくないよね……」なんて言うものだから、あの無自覚あざとい幼なじみを思い出してしまった。
彼女の泣きそうな顔が見えないのか。男の子たちはっ。まゆをキッと逆立ててその争いの中心に向かう。箸を手にとって、伸ばす。
スローモーションのように、みんなの目が、箸の先端に合わされた。つまんだ時、伝わってきたぶよぶよした感触。ええい、かまってられるか。あおいちゃんが喜ぶなら。勢いにまかせて、口へとライジングショットだ。
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