青春プレイボール!
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「百合香、どうだ?」
「お誘いは嬉しいけど……ごめんね」
「部室にはお菓子があるぞ。もちろんスイーツもな。好きだろう?」
「なっ、それをどこで……!」
「お前の幼なじみから聞いたなんてことはないぞ!」
「みやびっ……! そ、それでも、ごめんなさい。応援はしてるから!」
「くっ、なぜだ! 部長の言うとおりに勧誘しているのに……!」
「千尋ちゃん、それただモノで釣ってるだけだよね……タカちゃんもなんと短絡的な……」
「部長を侮辱するな!」
「してないよ!」
おじいちゃん先生の気が抜けた授業の後でも、ママさん先生のうちの子自慢な授業の後でも、毎度毎度、私のもとには掃除当番でもあるかのように野球部の人たちが来る。今日、机の前にちょこんと愛らしくしゃがむのは美藤千尋ちゃん、通称ちーちゃんだ。本人を前にそのあだ名を呼ぶと「ちーちゃん言うな! 部外者め!」と怒られてしまう。どうも彼女は小鷹美麗ちゃん、タカちゃんに命じられた私を野球部に入れる任務を完遂しなければ、手を取り合ってはくれないみたい。
それでも仲良くしてくれる彼女には頭が下がる。私の机に肘を乗せるちーちゃんは、空っぽの白い手に私のシャーペンを握ってくるくると回し始めた。
そんな彼女の背後から忍び寄って来たのは、さっきまで話に上がってたタカちゃん。指を器用に動かしながらも、メガネの縁と同化するように細められた味気ない目は、崇拝する部長さんの存在に気づいていないようだ。タカちゃん、どうするのだろう。テレビ番組のドッキリでも見ている気になって手に汗握った。
「ちーちゃん、様子はどう?」
結果、タカちゃんが起こしたアクションは、青い髪から晒された白餅のほっぺをつん、と指でつついたのだ。メガネが飛んでいってしまいそうに振り向いたちーちゃんは、すぐに立ち上がって後ろめたそうにそっぽを向く。私を部に引き入れることって、そんなに重要なことなのかな。戦力にもなれないけど。
「前途多難みたいね……」
「す、すみません部長……百合香、お前のせいだぞ!」
「ええ、千尋ちゃんそれは横暴だよ……」
彼女のお怒り、なんだか理不尽だ。でも、それだけちーちゃんはタカちゃんを大切に思ってるんだろうな。あおいさんあおいさんとすぐに教えを仰いでいた彼女を思い出す。そういえば、あおいちゃんが先発の時、点を取れてない野手陣に怒鳴り散らしてたこともあったっけ。あの時は大変だったなあ。友沢くんとか、名指しで金切り声を浴びせられてた。
なつかしい。あんなことも、こんなこともあった。心のリュックサックにつめて、事足りるはずがない。思わずふふ、と笑みをこぼしてしまう。
それを見て、何を受け取ったのか。タカちゃんが私のもとにずいと顔を近づけた。ゴーグルが目前にやって来て、ビクリと肩を震わせることとなる。広がっていたはずの唇は、ピタリと張り付いて使いものにならない。
「ねえ」
「な、なにかな」
じいっとのぞきこむ彼女の目に私が映っている。その顔が眉を下げて私に困惑を訴えかけるよう。タカちゃんにはそれが通じているのかな。
「ちーちゃんはね、こう見えて走攻守全てこなせるのよ」
「う、うん」
「それに、隣のクラスの太刀川広巳ってデカイのがいるじゃない? まあ、私がいなきゃ全力で投げられないけど、ウデは確か」
ま、まさかの直球勝負か。ここでストレート一本攻めだなんて、彼女は捕手だと聞いていたけれど、それに恥ない配球センス。そして、目前に迫った熱いまなざし。「部長が私のことをそんな風に考えていたなんて……!」と感動するちーちゃんが声しか聞こえないほど、視界いっぱい彼女のリード術に翻弄されていた。
「幼なじみくんもレギュラーでよく頑張っているわ。ほら、見に来なさい!」
しかも、決め球として隠し持っていたのが雅のこと。私はすでにバットを振ることもままならない、蜘蛛の巣のような彼女の戦術に囚われてしまっている。私の顔が完全に手の内に落ちたことを示しているのか、彼女はにやりと悪どく微笑んだ。タカちゃん、恐ろしい人だ。人心掌握術にでも精通しているのかとまじまじ考えてしまう。完敗だ、負けを認めざるを得ない。
降参、弱りきった顔で首を縦に振ると、審判が三振を宣告するようにちーちゃんが片腕を掲げて喜んだ。