青春プレイボール!

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簡単に言うなら、もう片足ひとつを残してきただけだった。でも、それを引き上げることに躊躇していたの。だから、どこかおぼつかない足で私は友沢くんを探していた。
そんな私が試合の後、彼に会えるはずもない。人影が薄くなってきた球場内を雅と駆け回っているだけだった。

「ううん、やっぱり選手には会えないのかなあ。こっちには百合香がいるのに」

「私なんて、関係者でもなんでもないからね」

「えっ、で、でも百合香はあのベンチにいるはずだった人で……」

「そんな事情、大人がわかってくれるはずないよ」

神宮球場でのことをさかなに微苦笑を零す私と、結った金の馬の尾を立てて驚く雅。この頼りないふたりでどうにかなるのでしょうか、ちょっと考え難いですね。ああ、以前の神宮球場とはわけがちがう。ここは甲子園球場、荷が重すぎる。この間みたいに進くんか誰かが荷担してくれたらどんなにいいか。女の子ふたりでは押し潰されてしまいそうな全国レベルの無茶、湿湿しく諦めるかあなんて口からため息が漏れるのも無理はないよね。

しかし、降参しかけの私の目は、偶然に偶然が重なって偶然をかけ算したような人物を映すこととなる。そこにいたのは、今が今、いてくれたらいいなあと思った人だったのです。
茶色の髪を束ねつつも、そっくりなもうひとつの顔とは似ても似つかない雰囲気。私は目をぱちりとまたたき零した。

「あれ、百合香さんに幼なじみさん?」

パワフル高校、猪狩進くん。運否天賦をどんでん返すような奇跡が起こったんだ。雅にも運命的な何かが突き抜けたらしく、ふたりして顔を見合わせる。唯一、九死に一生を得たことに気づいてないのは進くんだけ。

「猪狩進くん、あの、僕たち、お願いがあるんだ」

「うん? 僕にできることならなんでもやるよ」

「と、友沢くんに……会わせてほしいの」

「友沢くんね、わかりました」

おそるおそる尋ねてみるも、それを吹き飛ばすほどにとんとん拍子。二つ返事で快諾してくれた進くんにほっと胸をなでおろす。これで、残してきた片足も引っ張り上げられるんだ、友沢くんに会えるんだもの。

「じゃあ、呼んできます」

そう思ったつもりだった。でも、現実はそう思っただけだった。その足がさっきよりずっとズシリと質量を持っている、まるで私が前に歩くことを拒むように。
さっきまで、奇跡だなんてありきたりで子供っぽい言葉で喜んでいた私は背中を後押ししてくれない。なんでこんなことになってるの。戸惑い始めた頭でへどもどしていると、私たちに背中を向けた進くんの足が止められた。そこへ登場人物が増えたから。

兄さん、と誰に伝えるでもなく口から滑り出した進くんの声、それを合図にして顔を上げると紛れもなくお兄さん、猪狩守くんがいた。彼を見つけた瞬間、バチリと視線が交わる。進くんでも、雅でもなく、私と。

「兄さん、百合香さんが友沢くんに用があるみたいなんだ」

進くんがお兄さんに話した途端、猪狩くんの眉が気色ばむ。言うまでもなく、立腹している彼の目は変わらず私に注がれていて。右も左も知らない子供が大人に叱られたように、なぜそんな顔をするのと私は小さくなる他ない。

猪狩くんは、進くんの横をすり抜けるとまっすぐ私のもとに歩いてきた。もちろん、双眸に宿した青い光もまっすぐに。やがて、私の前で立ち止まった彼をゆっくりと見上げる。背が高いな、友沢くんくらいあるんじゃないかな。厚かましくここにはいない人を重ねてしまう私、それを見透かしているかのように彼はいら立った。

「東野」

「……はい」

「話がしたい」

喜怒哀楽のうちたったひとつの情しかこもっていない言葉は、私に放ったはずだけれど進くんと雅の姿を遠く引き離す。幼なじみさん、と進くんが雅に諭して。雅は手を胸から離せない様子で、私を案じながらその場を退いた。
そんな優しい彼女の気遣いを両手で受け取ったものの、強大さを感じる彼に冷や汗をタラリと流したのです。
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