短編

□新しいのもいいけれど
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 この度ですね、なんと友沢くんが他校にスカウトされてしまいまして。ええっと、神高くんのような本気の勧誘とはまた別のもの。いわば週刊パワフルスポーツの企画です。知名度も人気も高い友沢くんは、見事にその一員に抜擢されたというわけだ。これには私も鼻が高い。
 企画の内容は激闘第一高校のユニフォームに身を包んでカメラの前で笑顔を振りまくというもの。普段は赤いユニフォームがシックで寡黙な黒に染まったのなら、友沢くんによく似合っていることなのでしょう。ただ、よく似合っているのはユニフォームだけ。笑顔を振りまくことにはからっきしのご様子で、笑顔は笑顔でもぎこちない口広げしか零すことのできなかったらしい彼は、それはそれは疲労感が溜まっているようで。私の家に来てからというもの、大きな息をついていた。
 だから、というよりただ彼に肖ってしまえと短絡的なものですが、私はパワフル高校のマネージャーが纏うジャージとはまた異なるジャージを着ています。赤く燃えるパワフル高校に比べると落ち着いた雰囲気の黒。これならば聡里ちゃんのようなかっこよさが足元、そうねえ、踝までなら履けるかしら。
「友沢くん」
 私を見た彼は向けられた複数のカメラか何かを思い出したのか、とことん糸のような目になっていく。
「なんだそれは」
「新バージョン、です」
「……どうして名字まで新しくなっている」
「なんでかなあ」
 怪訝そうに眉を寄せる彼に対し、私は満面の笑みだった。すでに私服に戻っているけれど、しばしの時を巻き戻したどこかのスタジオでは彼と同じ格好をしていたのだから、私は時を超えたなんちゃら、メルヘンチックなお伽話に胸を躍らせていた。
 友沢くんの前でくるりと回ってみせれば、彼は笑うこともなく私の前にやって来た。相変わらず彼はクールだ。そして、そしてただひとこと、こう言ったのです。それは誰から借りたのか、と。なんのことやらと頭にクエスチョンを浮かべていれば、彼は私を指差した。おそらく、このジャージのことでしょうか。訊けば頷く。やはりその表情は笑顔とはかけ離れていて、まだまだ不服ですよと言いたげだ。
 私は自分の身にあまる裾を引きながら、借りた相手を思い出す。あまるのは丈だけではなく、張本人の練習量が滲んだ汗もなにもかもだけれど。赤く遊ばせた髪が揺れた。
「鶴屋くんだよ」
「鶴屋……」彼は静かに頭を抱えます。
「時々、お前には年下に懐かれる能力でもあるのか疑いたくなる」
「友沢くんには負けます」
「……とにかくそれは他人のものだろ。さっさと脱げ」
「ううん。名残惜しいけど、それもそうだね」
 身体に流れる黒いラインを指でなぞる。後ろ髪引かれることは事実だった。彼に言わせればたかがと鼻でせせら笑いが贈られるだろうが、私にはかけがえのない瞬間だったの。好きな人と同じ時を共有したいなんて、女の子にとっては当たり前の気持ちでしょう? ああ、この人は天然の気があるから、きっと首を傾げるね。
 ファスナーを下げ袖から腕を抜き去れば、着ていたシャツが顔を出す。肘まで届かない丈に、腕がブルリと鳥肌を立てた。だから、ちょっぴり躊躇う時間が欲しくなった。彼からすればムダもいいところ、乙女心はそんなものなんです。私はわざとゆっくりとした動きでジャージを畳んだの。
「名字」けれど、名前を呼ばれた。
 そっと顔を上げれば、彼は私の心も身体もすべて大きな手の中に収めてしまう。不意に押された背中が私の足を動かして「名前さん自らの仕業です」と口笛吹きながらホラを吹く。彼の胸に歩み寄ることとなった私は、当然のように太い腕で捕らえられた。
 近くなった距離、髪を撫でる骨ばった手。なにもかもが初めてではないはずなのに、いつもいつも私は初めてを目の当たりにして暗くなる視界に白旗を上げるしかない。鼻腔を通る彼の香り、しがみ付きでもしているのかと尋ねられそうなほど薄っぺらな私の手、友沢くんを感じる私自身がもうお手上げだと叫ぶ他ないの。その度に気付くのです。友沢くんが好きだなって。
「よし」彼の手が私の髪を梳いた。
「どうしたの」
「この方がいい」
「いつもと変わらないよ」
「いつもの名字がいいんだよ」
 なんの変哲もない白いシャツを彼は愛おしげに眺めた。そんなことをされてしまえば、私のロマンスはどこへやら。あっという間にそれもいいわねと彼色に染まってしまうのだ。乙女心は秋の空。すでに風になびく白旗もシャツですら、あなた次第で何色にも姿を変えてしまうのでしょう。ただひとつ、あなたが好きだということだけは変わらないまま。

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