短編

□恋した方の負け
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 私とアレフトはソファーに寄り添っていた。側から見れば恋人のようだ。いえ、むしろ私たちは恋人そのものだった。
 しかし、私はしかめ面で彼にもたれている。それには、私の掌中の珠であるプライドを潰しかねない理由があった。
 端的に言えば、彼は私にオチてくれない恋人なの。
 幼い頃から蝶よ花よと育った私の周りにはいつも人垣ができていた。無論異性にも困ったことはなかった。手を伸ばせば「可愛いね」と言葉をかけてくれる異性がいたの。
 だから、私は男のことをティッシュのような使い捨てだと思っていた。男なんて「好きよ」という魔法の言葉があれば、いくらでも寄って来るのだから。
 それに、自分の美貌に自信があった。
 ベッドで寝そべれば、何を言わずとも男は誘われていると馬乗りになる。そういう生き物だと思っていた。
 しかし、彼は違った。それが、私のプライドを粉々に砕こうとしていたの。
「アレフト」
「なニ?」
「私、かわいい?」
「ふつうかナ」
「……どうして?」
「だって、名前は目がふたつあるでショ? 鼻はひとつ、口もひとつ。ホラ、ふつうだヨ」
「そういうこと聞いてるんじゃないわよ」
「ハハハ」
 彼は私のことを可愛いと言わなかった。口を開けば何かの奴隷のように容姿を褒めに褒め、ベタベタになるまで褒めちぎる男に慣れていた私は、彼の口からどうにかして甘い呪文を出してやりたいと焦りを隠せずにいる。男に裏をかかれたようなものなのだから。
 しかし、彼はいつまで経っても人のいい笑みを浮かべるだけであり、頬を染める気配も吐息もありそうにない。果たして、この笑顔仮面男を骨抜きにすることなどできるのかしら。久々の強敵に、焦りの裏には挑戦心でむらむらしていた。
「ねえってば」
「ウン」
「私、アレフトのこと好き」
「オレも名前のこと、好きだヨ」
「……なんか違う」
「難しいコト考えるネー」
「アレフトの好きと、私の好き、なんか違うのよ。私は本気だもの」
「オレだって本気だヨ」
 私はこのむらむらをむき出しにしたくて仕方がなかった。首に抱きついて、渾身の色気を全面に出して、「あなたが好き」って耳元で囁いてしまうのはどうかしら。そうしたら、我を忘れた獣のように私のことを貪り食ってくれるかもしれない。
 でも、私からではなく、やっぱりカレから狂うほど愛してほしいもの。好きだって、君しかいらないって言われたいのがオンナノコ。男の人の熱い眼差しで愛を囁かれると、胸の奥がじんじんとして、震えてしまうの。ああ、私、愛されてるって。
「名前」
「なに?」
「名前は、オレのドコが好きなノ?」
 アレフトが私の髪を掻きながら問う。すんすんと鼻を近づけられている髪を横目で眺めていた。
「どこって、なによう」私は髪を彼から離して、顔をしかめる。
「気になるでショ?」
 彼はいやに乙女ちっくな視線を私に送った。いつもはサングラスで隠されているくせに、意外にもカワイイ眼をしていることが憎たらしい。
 さらに、彼は首を傾げたのだから、私は負けじと彼を見上げ、首を傾げた。
「そうね。全部かしら」
「アイマイだネ」
「言わせといて、それはないわ」
「オレにもわかるように言ってほしいナ」
「わがままね」
「名前には負けるヨ」
 彼は私の会心の上目遣いを意に介さず、ニコニコと笑っていた。
 無性に悔しくなったので、言い返した。
「そういうアレフトは、私のどこが好きなのよ」
「うーん、全部かナ」
「……アイマイね」
「言わせといて、それはないヨ」
「わかるように言ってほしいの」
「フウン」
 不意に、アレフトの顔が近づいた。
「名前、オレにどうしてほしイ?」
 突然近づいた距離に、体の隅から火がついて、燃え広がっていく。脈が早くなり、私は胸に手を当てた。触れそうな唇、思わず息を我慢した。
 彼は真剣な視線を私に送った。いつもはサングラスで隠されているくせに、意外にも男らしい眼をしていることが憎たらしい。だなんて、そんなことを考えている間もない。
 胸の奥に小さな穴が空いて、そこからスウッと心臓が吸い込まれていくようだ。キュウ、なんて音がした。
 アレフトにしてほしいこと? 決まってるわ、私を好きだって、愛してやまないんだって、虜になってもらうことよ。そうなのよ、ええ。だから、懇願するだなんて、私のプライドに反するわ!
 しかし、吸い込まれる胸を押さえつけると、警鐘まがいの鼓動の速さに驚いた。
「ねえ、名前」
 いよいよ、私の鼻と彼のがくっつくほどに近づいた。フッと生温い息が唇にかかる。今度はお腹辺りに小さな穴が空いて、吸い込まれていくようだった。二つの穴に吸い込まれていく自分をなんとか保とうと、内腿を擦り合わせた。
 すると、不思議なことにアレフトが雄々しく見えた。私の肩が跳ね、自然に口が開く。
 彼の息が口内をくすぐって、もう一度内腿を擦り合わせた。
 なんだか、危険だ。直感がそう警告した。私の掌中の珠が砕けてしまう。そんな危機感。
 しかし、「はふっ」と本能的で動物的な声をあげた私は、危機感の元凶であろう彼の息を渇望していた。生温いあの息で、潤してほしいと思ってしまっていた。
 彼は目を細めて、悪戯に笑う。
「どうしたノ? 熱いヨ、名前」
 至近距離で囁かれた低い声が、私の胸と腹をキュウと収縮した。体を貫く電流かなにかのように、全身の筋肉がビクビクと震えた。
 アレフトに愛されたい。私しかいらないって思わせたい。私だけのものになってほしい! 好き、好きなの。アレフトがほしいの!
「んうっ」ついに、掌中の珠が砕けてしまった。
「アレフト……」
 私を見るその眼も、触れる手も、温い唇も、全て私のものにしたいの。好きなの、あなたが好きなのッ。なにも考えられないくらいに、愛してほしいわ。私のことだけ、考えていて。
 おそらく、そのようなことを口走ってしまって、唇を彼に伸ばした。
 それを見た彼は、さぞかし嬉しそうに笑っていた。
「可愛いなア、ホント」

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