短編

□マジサイコ
1ページ/1ページ

 休み時間、アタシはいつも通り名前と一緒にいた。
「あ〜もう先輩、サイコーに好き」
「木場先輩チョーカッコイイ」
「物好きィ」
「そんなことないと思うけど」
「だってさあ、どこがいいワケ?」
「イカツイとこ」
「はあ? アタシ名前の言うことよくわかんないわ」
「静火こそウチの兄ちゃんのどこがいいのよ」
「先輩はキラキラしてるの」
「よくわかんない」
 脚を組みながらネイルアートをしている名前はアタシのクラスメイトと同じ野球部のマネージャーという二足の草鞋を履いている。アタシも同じものを履いているのだから、自然とアタシ達はどこでも一緒に過ごすようになっていた。
 そうこうしているうちに、名前とアタシは似た者同士になっていた。
 さらに、名前はウチの兄ちゃんである木場嵐士が好きで、アタシは名前の兄ちゃんである先輩が好きだった。そう、よく矢部先輩と一緒にいる、あの人。
 アタシと名前がよく似ているように、兄ちゃんと先輩はよく似ていた。兄ちゃんは「静火、好きな男なんかいねぇだろうなあ!」と鬼の形相をし、先輩は名前に「名前に彼氏なんて早いぞ!」と目を光らせたという。
 どちらも互いの妹にばかり心を患い、他の女の子なんか目に入っていない様子だった。
 以前、アタシと名前は、部のミーティングの時に「スカートの丈を短くして、好きな人の隣に行こう」って決めたのに、気づいたのはお互いの兄弟だけ。好きな人には気づいてもらえなかった。先輩も兄ちゃんも、「なんだその短いスカートは!」「バカヤロウ! 長くしやがれ!」って怒ってたっけ。
 いいなあ。名前は。先輩にたくさん見てもらえて。アタシが名前だったらいいのに。
「先輩ィ、名前じゃなくてアタシを見てよお」
「兄ちゃんに見られてるとかキモッ、矢部先輩の方がまだマシだわ」
「えー、先輩アンタのことチョー見てるよ。名前といずる先輩が話してた時とか金原ーって唸ってた」
「うわー、やだわ」
 名前は苦い顔をしながら塗り終わった爪に「サイコー」と言いながら息を吹きかけた。ついでに脚を組み替えると、名前の短いスカートが少しだけ浮き、「先輩なら黙ってないんだろうなあ」なんて思った。
 熱さを冷ますようにふうふうと爪を乾かしていた彼女が、手を広げて爪を見せる。そこには茶色のグラデーションが丁寧に施されてあった。名前にしては珍しい色だった。
「なにそれ」
 名前はニコニコ笑ってた。
「いいっしょ」
「えー、カワイクない! 名前は肌白いんだからもっとパッとした色がいいよー! なんでその色にしたの?」
「えっ、知りたい? なんでこの色か知りたい? しょーがない、教えてあげる」
 彼女は爪を見つめ、うっとりしてたけど、その両手で口元を押さえた。茶色の爪と真っ白な指が扇子のようで、なんだか名前が艶やかに見えた。
「これ、木場先輩カラー」
「えっ」
「好きな人のイメージカラーにするのって最強じゃない?」
 再びうっとりと爪を眺める彼女。
 でも、それどころじゃない。だって、名前は今好きな人のイメージカラーだって言った。それってつまり、アタシも同じことをすれば、キラキラしてて大好きな先輩がずーっと近くにいるみたいで、それって、カレシみたい! というか、カレシよりずっと近い関係じゃん!
 アタシは勢いよく立ち上がり、勢いあまって名前の手を握りしめた。
「サイコーじゃん! 名前天才!」
「でっしょー。ウチも天才だと思った」
「アタシもやる!」
 早速、ネイルグッズを机の上に広げた。そこに名前は頬杖をついて見ている。
「でもさ、ウチの兄ちゃんって何色?」
「キラキラしてるカンジ!」
「えー? どっちかっていうと地味じゃない? 木場先輩みたいにイケメンじゃないし」
「アタシからすればイケメンなんですう」
「へー」
 彼女は先輩の話を興味なさげに捨てると、アタシのネイルグッズをあさり出す。名前にとっちゃ、先輩のことなんてめちゃくちゃどうでもいいのに、「兄ちゃんねえ……」とネイルカラーを選んでいるので、彼女は意外にも友達思いなんだよね。
 名前は「うーん、わからない」とか「これは……派手すぎるかな」とか「だいたい、兄ちゃんはパッとしないのよね」とブツブツ言いつつ、ようやく小瓶をひとつまみにした。
 その小瓶には、赤いマニキュアが入っていた。ラメやオシャレなものは一切入っていない。
 名前は小瓶を舐めるように眺め、頷いた。
「これだ」
「これ?」
「うん。これ、爪先にだけつけてみれば?」
「爪先だけ?」
「そうそう」
 どうして爪先だけなの? 疑問は残るけど、他でもないマジな友達の言うこと。信じないと友情ブレイク的な危機だし、というかアタシも名前のことはチョー信じてるし、ひとまず言う通りにすることを決めた。
 アタシが小瓶を開ける。名前はそれを、また舐めるように眺めてた。
 ちょっとやりづらいなー。でもまあ、別にいっか。名前よりネイル上手い自信あるし。
 そうこうして、名前の目の前でネイルの実力を披露することになった。自然と背筋が伸びて、普段より慎重になる。
 アタシは人差し指から塗るのがコダワリなので、爪の先を外へはけていくように塗っていく。指先にだけだんだんと火が点いていき、アタシのビイシキにも火が点いてきた。「もっと可愛く塗ろ!」爪先だけじゃなくて、体までポッと赤くなる。
 自分が可愛くなるってうれしーじゃん。こうしてスキルアップするんだよね。アタシはネイルブラシを置き、握り直した。
 ビイシキに着火したアタシを見て、名前はほうと感嘆した。
「さすが静火は上手いなあ。めっちゃ繊細だ」
「でしょ。先輩のためだしね」
「恋する乙女だねー」
「やるじゃん! アタシの乙女パワー!」
「あっはは、なんだそれ」名前は笑った。
 ちょうど、十本あるうちの最後の指を塗ろうとした。これまで塗ってきた爪を見ると、どれもこれも先輩への恋心と可愛くなりたい貪欲なビイシキがべっとりと染みついていた。
 気合が入った。最後の指はありったけの恋心とビイシキを塗りたくってやる。アタシはネイルブラシを再度置き、握り直した。
 可愛くなれ、アタシ! それこそ先輩に可愛いって言われるくらいに! 
 そうして、最後の爪にそっとブラシをのせた。
 名前は穴が空くほどにアタシの爪を見てた。

 塗り終わった爪に息を吹きかけた。
 ついでに名前が脚を組み替えると、短いスカートがまた少しだけ浮き、「先輩なら黙ってないんだろうなあ」って思った。
「ところでさ、なんで先っちょだけ赤?」
「なんの話?」
「先輩カラー」
「ああ」
 名前がニンマリ笑った。
「ウチの兄ちゃんさ、頑張パワフルズの大ファンなわけ」
「知ってる!」
「でさ、家でいつも頑張パワフルズの赤キャップかぶってるからよ。爪のカンジと似てるっしょ」
 アタシは立ち上がる。
「え!? それじゃあ、これってプライベートの先輩!?」
「そゆことー」
 それってヤバくない? だって、プライベートの先輩とおそろとか、マジ彼女以上じゃん! てか、嫁じゃん! サイコーなんですけど! 
 名前の手を握ると、彼女は「マニキュア付いちゃうからマジやめて」となんとも冷えた表情をしていた。しかし、アタシはおかまいなし。
「キャー! ヤバい! 彼女になれる気がする!」
「なにそれ怖ぁ」
「先輩がいつも爪にいるってことっしょ!?」
「静火サイコだわー」
「マジそれ! サイコー!」
「…………」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ