番外編

□偶然か必然か
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「友沢くん、きてーっ!」

「な、なんだ!?」

文化祭当日。俺は、なぜかクラスで一番人気のアイドルである女子に腕を引っ張られ、クラスのステージ裏に連れてこられた。なんなんだ、いったい。みて、と俺の背中を押した彼女に反論しようと開いた口は、意味を成さなくなる。

「ね? 百合香ちゃん、かわいいでしょ?」

なぜなら、アイドルの衣装を着た東野がいたのだから。イメージカラーとでもいうのか、オレンジいろを基調にしたつくり。髪はくるくると巻かれて、露出されている右肩にかかっており、それがまた色気を呼んでいる。腹部にはコルセットのようなつくりが、衣装らしい。しかもスカートは太腿が隠れる程度の長さしかない。黒い生地に、オレンジのスカーフが腰に巻かれ、極めつけに同色のブーツ。いつもとは明らかに違う東野。はずかしげに目をそらしている。メイクも施されているのか、以前休日に出会った彼女が浮かんできた。とにかく、言葉を失ってなめ回すように東野を見ることしかできなかった。



クラスメイトたちに見送られて、文化祭の人波に漕ぎでていったわけだが、東野の数歩後ろをついている。ちいさい背丈なのに、女性らしさのかたまりかと思うほど、今日の東野は魅力的だった。彼女のとなりなど、歩けるはずがない。
……スカート丈が短いことを気にしているのか、時折アクセサリーが飾られた腕が後ろに回ってくる。その仕草が初々しくて、愛らしくて。だめだ、表情を引き締めろ。

最初は、アイドルなんて一般人ができるはずないと思っていた。アイドルは、かわいいからアイドルであるのではなく、アイドルだからかわいいのだ。……俺の持論だが。

それなのに、東野はどうだろう。

めちゃくちゃ、イイ。ああ、黒髪と白いうなじがよく似合う。正直、実際のアイドルより魅力的。いや、魅力でしかない。しかし、東野が歩くたび、振り返るヤツがいるのは心底腹が立つ。どうせ、今日はかわいいから東野を見ているだけだろう。ふん、俺のことを才能があると囃し立てるヤツらと変わらないな。アイドルファンの風上にもおけない。東野だから見ているのだ、俺は。……この違いが分かるか。

「百合香ちゃん……名前までかわいい! あっ、そんな顔しなくても大丈夫ですよ!」

しかし、考えていたことから覚める。なぜなら、東野が男に絡まれていたから。コイツ……見て分からないのか。東野が困っているじゃないか。彼女はお前に興味などないから、そんな顔しなくても大丈夫だ。

「すみません。そういうお店じゃないんで」

すぐに東野の手をとる男の手を離させ、俺の背中に彼女を被せる。目があった男の顔は固まっていた。そういうことは、高校の文化祭じゃなくて夜のお店にでも行ってください、お兄さん。二度と東野に近づくな。
東野の腕を引いて、その男から逃れるように歩く。周りが、俺を振り返っている。溢れ出てくるのは、優越感。傍から見ると、羨ましく思われるんだろうな。俺が東野と宣伝する係に決まった時の猪狩さんの顔みたいに、瞳をカッと開く男の姿が心地いい。
もっと、周りに見せつけてやりたくて、東野の方を振り返る。が、俺と東野の身長は、25センチくらいだろうか。それくらいの差があるわけで。上から見下ろすと……この衣装、案外胸元が開いている。そこから覗くのは、もちろん自分にはない、女性らしさの象徴であって。

ごくりと、唾を飲み込んだ。

ダメだ、これじゃ葉羽のことを言えないじゃないか。サッと手を離し、また少し後ろに下がった。くそっ、おちつけ。一度目を閉じ、己を律する。
大丈夫、俺は大丈夫だ。バッターボックスに立った時の感覚を呼び起こす。冷静に、冷静に。今の状況を把握して、自分の役割を見極めろ。そうだ、まさに東野の女房役。俺は彼女のゲームのお膳立てをしなければならない。ここにいる男たちを塁に上げないためには、どう攻めるか。どんなサインを出すか。

再び東野を見る。考えていることでも、伝わってしまったか。東野は、拗ねるような顔をしていた。冷や汗が流れる。

「そこじゃなくて……となりに来て。じゃなきゃ、さっきみたいにひとりだと思われちゃう……から」

うすべにいろの頬を隠すように、パッと前を向いた東野。お前のせいで、俺の平静は一瞬で砕け散った。むしろ、今、最高潮に体中の血が暴れてる気がする。鼓動が、早い。
東野の隣に来ると、彼女が少し俺に寄った。それだけで、胸がざわめく。こんな状態で、はたしてリードなんてできるのだろうか。マウンドにいるアイドルに見えぬよう、人知れずため息がもれた。
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