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□僕らの足跡は重ならない
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 兄ちゃんはパワフル高校に転校してからため息が増えた。ついでに、ボールを投げていた右手を見つめることも。けれど、どうしたのって聞くと必ずなんでもないよって返ってくるの。なんでもないはずないのは、見ていてもすっごくよくわかるのに。
「ってことなの静火ぁ」
「やっぱり、ただ練習がキツくなったわけじゃないじゃん」
「木場先輩は逃げたとかなんとか言ってたけど……」
「兄ちゃんはデリカシーないからいいの! 星井先輩を悪く言い過ぎ!」
 家からではなく寮との往復になった高校で、最近はクラスメイト兼マネージャー同士の静火との話題も兄ちゃんのことばかり。それくらいに兄ちゃんが心配だっていうのに、妹の私にこれっぽっちも頼ろうとしてくれないんだ。

 しかし、ある時兄ちゃんは会いに来た私にこう尋ねた。木場先輩は元気かって。正直な話、木場先輩は兄ちゃんのことをまだまだカンカンに怒っている。許す気もなさそうだ。でも、尋ねてきた兄ちゃんの顔が少し変わっていたから。強いて言うなら、覇道高校に入ったばかりのような? ううんと。説明しにくいけれどそんな表情をしていたから、私はウソをついちゃった。木場先輩、兄ちゃんに戻ってきて欲しいって言ってたよって。
「そうか……やっぱり、木場はすごいやつだな」兄ちゃんはどこか遠いところを見ている。
「兄ちゃん、覇道に戻ろうよ」
「いや、それを聞いて決意が固まったよ。ありがとう、名前。僕はパワフル高校でまた野球をする」
「えっ、パワフル高校で?」
「僕に強く語りかけてきたヤツがいてさ」
「どうして、木場先輩だって……」
「木場は……そうだな、木場だって同じか」
 兄ちゃんが笑う。変化球が得意な兄ちゃんとじゃ、言葉のキャッチボールが上手にできなくて、私は押し黙ってしまった。それでも、兄ちゃんの顔が私に木場先輩のことを尋ねた時よりも晴れやかになっているから、いいのかなあ。心の中で大きく頷くのは天使だ。一方で、兄ちゃんが知らない人みたいになっちゃったねと囁くのは悪魔。
 兄ちゃん、私は兄ちゃんが元気になってくれるならそれでいいんだ。でもね、誰かが兄ちゃんを元気にしてあげられるのに、私や静火、木場先輩じゃあ何もできなかったのかなあって、時々悲しくなるんだよ。

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