一日一アプリ

□一歩足高く
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 枯れ木のような色の階段を一段、もう一段と後ろ足で蹴っていく。どこか、跳ね馬じみた胸を抑えきれずに。灰色の鉛を捨てた私には明るい心音しか残っていなくて、足取り軽く踊り場を駆け去る。こんなにも私の体に羽根が生えているのには理由があるの。
 今日は入学式。ああ、違うよ。私からすればただの平日。主役の座は三百六十五日、ひとまわり昔に降ろされちゃったもん。でもね、主役を譲った代わりに、私は先輩と呼ばれる役名をいただいたのだ。
 階段を登りきると、その肩書に手が届いたような気がした。先輩、なんだか甘酸っぱい響き。かっこよくて、素敵で、憧れの存在。勉強も運動も得意じゃない私になれるかはわからないけれど、先輩、なんだよ。胸いっぱい熟れていると、よく知った人影があった。
「侑人くーん!」
 そこには才賀侑人くん。冷たくも優しさを携えた瞳が私を見ている。
「どうした、妙に機嫌がいいな」
「えっ、わかる?」
「名前はわかりやすいからな」
 大人が子供を宥める優しい色を目の当たりにした私。子供なのはどちらか、言わなくともだよね。大好きな侑人くんを前に口を噤んで体に重りを積むことにしよう。引け目からか、彼を逸れた視線はあっけなく地面に沈んでしまった。恥ずかしいところを見られちゃったかなあ、浮かれすぎたのかも。自分の足があざ笑うのを見ていると、大きくて温かいものが頭に乗りかかる。
「悪いことではないだろう」
 緩く撫でられ、私の頬はほんのり桃色。結っていた髪を解くように、侑人くんは私の心を簡単に塗り替えちゃうんだ。
「そうかな」
「ああ」
「そっか」
「そうだろう」
 ゆっくりと顔を上げると、いつもより少しだけ和らげられた細目とかち合って。私は注がれた彼への想いを噛みしめる。このかっこよくて、素敵で、憧れの人は理想の先輩になれるのだろう。そんな彼の隣に立つ人は、どんな先輩になるのかな。侑人くんみたいに、かっこよくて、素敵で、憧れの先輩になれるのかな。はたまた、すぐに空回りをしちゃう身の丈まんまの先輩なのかな。
「侑人くんには敵わないなあ」
「なんの話だ」
「こっちの話」
「全くわからないのだが」
「とにかく、楽しみなの」
「何がだ」
「ひみつ」
 後ろに伸びる階段のように、私の後をついてくる人はいるのかな。野球部でも実力はあって隙はない侑人くん。悔しいから、私の頭を占める彼を追い出して、まだ見ぬ誰かを軽々しい頭で待つの。

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