一日一アプリ

□可愛いあなたを見ていたい
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「へえ、雪華がねえ」
「もう、そんなに笑わなくてもいいでしょ」
「笑ってないよ。ただ、中学まで男の子に言い寄られてもいつもの天然ボケ発揮してたのにねえ」
「……おかしいかしら」
「そんなことないって。いいと思うよ、話を聞く限り前途多難なようだけど」
 よく晴れた日曜日のこと。絵に描いたようなおでかけ日和、久しぶりに中学時代で仲が良かった彼女に小洒落たレストランで会っていた。しばらく連絡も取れていなかったのだから、話に花が咲いて止む気配は見えない。中でも話題の中心を占めるのは、雪華の好きな人のこと。野球部にいる唯一の男の子なんだって。そんなシチュエーション、うちのエース、北斗あたりが置かれたりしたら死んでしまうだろう。
 雪華は中学の時から美人だけれど天然ボケとして有名だった。そんな彼女が誰かに恋をするなんて、大人の階段をひとつ登ったのだと姉心で見ていた。
「けどねえ、彼、鈍感なのよ」
「へえ、雪華が言うの?」
「本当なの! この間、付き合ってって言ったらどこに行くのか聞かれたもの」
「……私の記憶が確かなら、あなたそれ中学の時にやってるよ」
「あら? そうだったかしら」
 しかし、雪華は雪華で相変わらずのようでした。彼女が形のいい眉を顰めて愚痴を零す内容は私の中学時代を色濃く思い出させて。彼女の天然ボケのしわ寄せは私に来たものだ。
 そんな昔のことを描いて笑いつつも、あの時の彼女はもう皮を破ってしまったと思った。ここに、もう以前の彼女はいない。その想い人とやらのことを話す雪華は私も見たことがなかったの。頬を染めて、視線を落として、たまに髪を指で弄って。
 色気づいちゃって、とため息混じりに出てきた憎まれ口は声にならずとも、私の胸を温かくする役目くらいはあるようだった。
「雪華」
「なあに」
「変わったね、女の子らしく」
「ふふ、嬉しいわ」
「……そうじゃなくて」
 やっぱり、彼女はわかっていない。いいや、これは自分ではわからないことなのかもしれない。彼女に限らず、誰だって。口を開くこと、微笑むこと、話を聞くこと、どれをとっても綺麗になった。愛らしくなった。外見じゃない、名の知れた芸術作品のような内側から出てくるものだ。
「まあ、頑張ってね。雪華」
「……うんっ」
 雪華は立派に恋をして、女の子になった。私はそれを嬉しいと思う。だから、どうか。この目の前の可愛い人がもっと美しくなれますように。幸せになれますように。そう、見ず知らずの男の子へ手を合わせるんだ。

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