一日一アプリ

□司令官の見逃し三振
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 総司の家に来たというのに私は不機嫌もいいところ、見事に腹が立ち上がって彼を睨みつけていた。それは彼の後ろ姿には届かない。総司の目は私じゃなくてノートが占領しているから。でもそれだけじゃない、彼の視線だけじゃ飽き足らず、頭までぶん取られているの。これには、腹の他にも青筋まで立ててしまう。
「うーん、伊貫をその気にさせるにはどうしたら……いや、これもイマイチだな」
 椅子に腰かけてなにかを書き込みながら呟く彼の部屋に、はたして私という存在が必要なのでしょうか。というより、ちょっとはこっちを向いてよね! 悔しくなって私は携帯を取り出す。
 見てなさいよ、こうなったら強行策なんだから。
「総司、暇」
「うん、待ってて」
「わかった。伊貫くんと電話して待ってる」
「そうだな、伊貫……えっ?」総司はようやく振り返った。
「だから、伊貫くんと電話して待ってるって」
 一方の私は携帯に指を滑らせる。無表情を貫いては見せるけれど、内心じゃニヤニヤとほくそ笑んでいた。伊貫くんの名前にあれほどいら立っていたくせに、今はその響きが心地いい。
 もう一度その名前を呟いて私はいよいよ携帯を耳に当てる。もちろん、ダイヤル音なんて聞こえてこない。心では大笑いをしつつ、顔では伊貫くんを待った。
「ちょ、ちょっと待て!」
「なに?」立ち上がった彼は私のもとへやって来る。
「なにか、伊貫に用があるのか?」
「別にー、暇なだけだよ。総司は野球のことで忙しそうだし」
 嫌味を混じえれば、総司はわかりやすく不快感を顔に出した。野球部の司令塔なのに、こういう時は手に取るように気持ちがわかるってもの。
 そして、特に拘束する気もなかった携帯電話がスルリと彼に引き抜かれた。かかったな、私は次に言われるだろうセリフを待った、笑みを濃くして。
「……かけていないじゃないか」
「だって、構ってくれないんだもん。放っておいたら、名前ちゃんだってどこかに行っちゃうぞ」
 眉を寄せる総司に怒らずとも頬を膨らませる私。そんな顔をしたいのはこっちだぞと彼を見つめれば、やがてその眉は下がっていった。返された携帯、総司は私の髪に手を乗せた。
「そうか……すまない、名前の気持ちを考えてなかったね」
「フフ、いいよ。優しいから許してあげる」
 そのまま撫でられて、心地よさに目を閉じる。
 大切な女の子が目を閉じていてふたりきり、することはひとつだけなのに、総司は手を私の頬に移動させることもなく、「伊貫もこうして、気持ちを考えてやらなきゃな」なあんて言ってるのだから、私の彼氏は困った人です。でも、今度はなんだか誇らしく思えました。

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