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□いっちゃんよかばい
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「はあ、授業ちかっぱきつか……えらいしんどいわあ」
 神様、もしもいるのなら質問させてください。どうして、この世には方言があるのですか。どうして、可愛い方言とそんなことはない方言があるのですか。なんてことはない休み時間、私は片手で口を覆い、溢した恥ずかしい方言の名残を掻き消そうとしていた。
「フフ、まあたウチの真似? 名前ちゃんの方言、ウチは好きやけどなあ」
「……なに言っとん」彼女は不思議なことを言う。
「ああ、そないに口尖らせたらあきまへんなあ」
「しぐれちゃんはまいど笑ったいね」
「ううん、それは方言関係あらしまへんけどね」
 そんなことはあるものか。穏やかに微笑む彼女は、決して私のような歯に衣着せぬ物言いではない。衣どころか絹を着せるしぐれちゃんは、私から見たら同じ日本語を話しているのか疑いたくなる。私の土地じゃ、そんな耳触りのいい言葉を囁く人はいなかったから。
 ああ、私もしぐれちゃんと同じ場所で生まれたらなあ。彼女みたいな人に囲まれて、きっと私もこの女性らしさのカタマリのような人に少しは近づいていただろう。
「しぐれちゃんになりとっと」
 私は大きなため息と共に机にうつ伏せた。しぐれちゃんなら、こんなことはしないだろうな。想像つかないから。やはり、私が彼女に近づく日は遠い。こんなことしていちゃ、なおさらだ。
 ますます重くなった身体を机に委ねていれば、しぐれちゃんはクスクスとお上品に笑っている。
「せやろか、ウチは名前ちゃんになってみたいわあ」またまた、おかしなことを言うものだ。
「ええ、なして?」
「やって、名前ちゃん、元気いっぱいで可愛らしいやないの」
「そげんことなか」
「それはウチが決めはること」
 大人びていて綺麗なしぐれちゃんが笑う。私はそんな表情を片手添えてしてみたかった。そうは思っていたはずだけれど、単純明解な頭は彼女に誉められた、それだけでソワソワと手足を動かす。
 これも彼女はしないのだろうなあ、けれど、こんな私をしぐれちゃんは目を細めた優しい顔で見ている。
「……ほんま、名前ちゃんはようけ可愛いわあ」
「しぐれちゃんは綺麗たい」
「フフ、こういうのを無い物ねだり、言うんやね」
 無い物ねだり、か。彼女も私に羨むものがあるというのかな。しぐれちゃんみたいな人になら、自分から差し出してしまいたいくらいだ。
 ふたりで笑い合えば、いつしか自分の口から飛び出す元気のカタマリも可愛らしく思えてきた。しぐれちゃんにはなれないけれど、私はこのままでいいか。

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