一日一アプリ

□誰かを惹きつける忠誠
1ページ/1ページ

「名前」
「はい、縁様」
「退屈でつまらなくってよ。ちょっとワタクシを笑わせるのですわ」
「……は、はい」
 百屋家に仕えている私は、そのお嬢様である百屋縁嬢のメイドでした。瀬馬須様の足元にも及ばないながら、縁様と同性である私は彼女の身辺補佐を承っております。
 しかし、彼女はどうもご自身の着替えやらなにやらの時を暇というのです。家事や接待を隈無く学んできたとあれど、お笑いについて欠片も知り得ない私はその度に「面白くないですわね」と烙印を押されるのが日課になっていました。メイド失格ですが、人間向き不向きもございます。……もっとも、百屋家のメイドとして心身を捧げた日から、不可能などあってはいけないのですが。
「縁様、布団がふっとびました」
「…………」
 縁様はお着替えを終えると、私に指を差しました。無論、厳しく眉を上げておいでです。
「名前、だからアナタはダメなのですわ」
「……ご期待に添えず、申し訳ありません」
「もう結構。さあ、瀬馬須を呼びなさい」
「かしこまりました。失礼致します」
 ああ、また今日も縁様は私を払うように追い出す。なんでもできる瀬馬須様に変えられてしまう。どちらの方が優秀かは比べるまでもありませんが、私はこの瞬間がとても苦しいのです。だって、私など必要ないと言われているような気がするのですから。
 もっと、彼女のお役に立ちたい。彼女に認められたい。お笑いなどできてもメイドとしていかがなのと問われても、縁様が望むのなら果たしたいと思うのです。彼女の部屋の豪華な扉を開きながら、私は自室に積み重なるお笑いの本にまた手を伸ばさねばと意気込みました。
 縁様が、そんな私の姿を嬉しそうに微笑みながら見ていたこと、そこにまで目が行き届かなかった私は、やはりメイド失格です。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ