一日一アプリ

□綱渡りは得意科目
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「ねえねえ」
「なあに、円島くん」
「名字さんって付き合っている人がいるんだよね」
「えっ」
 機嫌でもよろしいのか、さぞ嬉しそうに言ってきたのは円島くん。私の肩をがしりと掴んだ彼は目をキラキラと輝かせている。
 はっきりもの申すけれど、残念ながらこの子が言っていることは事実だ。私は今現在心に決めた人がいた。しかし、それは心に決めただけあり極秘だ、認めてなるものか。負けないぞと私は唇を噛み締めた。
「やっぱり」
 でも、それが大きな誤りだったとでもいうの? 掴まれていた身体は釘のように打ちつけられ、背中の痛みとともにまるで動かなくなってしまう。トンカチの持ち主を見れば、被ったバンダナから覗くふたつの瞳が危険に膨張していた。
「ねえ、僕さ名字さんが好きなんだあ」
「……は」
「好きな人がいる子を好きになるのって、なんかアブナイよね」
 目の前には円島くん、そして私の後ろは壁だ。追い詰められた私はいつもとは違うような気がしてならない彼を押し返そうとする。しかし、円島くんは退こうとはしてくれないようだった。
 どうしてこうなったのだろう。彼はやっぱりあのギラついた轟々の目でしか答えてくれない。必死に抵抗を試みたところで、野球部のこの人に敵うはずもなかった。
 だからこそ私がたった一枚の選択肢
だと振りかざしたのは手当たり次第達者に文句を投げつけること。
「ちょっと円島くん!」
「なあに?」
「離してよ!」
「どうして?」
「どうしてって……ダメだからに決まってるでしょ!」
「ダメ、ね……」
 しかし、円島くんは飛んでくる暴言たちなど全く気になど止めていない。その代わりといってニンマリと笑う。丸々した瞳が遠慮なく細められる様に、もしかしていつもの円島くんに戻ってくれたのかもしれません。淡い期待を抱いてしまえば、それはまさに泡となって消えるこことなった。
「ダメって言われたら、やりたくなっちゃうよ、ねえ?」
 愛らしい笑顔を武器に、円島くんの遺言を聞いたようだった。彼はそれだけ呟くと私に顔を寄せたのだ。

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