一日一アプリ

□もう疲れてしまったんだ
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「なんや、来てたんか」
「なによお、来ちゃいけないの?」
「誰もそないなこと言ってないやん」
「そんな感じに聞こえたんだもん」
「へいへい」
 部屋のベッドで寝そべる女の子を無視して座り込む彼は緊張もなにもしていない、ただ来客にも満たない人間が自室にいるという認識があるだけだ。
 私と宇宙は近すぎた。いわゆる幼なじみである私たちに、今更性別の壁はない。私が彼の部屋で寝ていようが着替えていようが、彼の心拍を上げることなんてできないの。一方、この関係図を逆さにすれば、そこに動力はいらない。宇宙が近くにいれば身体が熱くなるし、頬も赤くなる。
 こちらを向いてくれない想いは私の中でひとり、もう何年も温め続けている。これ以上育てたらふとした拍子に口から飛び出てしまいそうになるものだから、私は口元を覆うことが多い。しかたないじゃない。この気持ちは知られてはいけないのだから。
 そこには決定的な理由がある。宇宙には好きな人がいるから。言われなくたってわかる。だって、幼なじみだもの。私なんて女として見られていないことは出会った時から知っているし、出会った時から変わっていない。この気持ちをもってしまったその日から失恋したようなものだった。
 彼の後ろ姿を見つめる。私を振り返らずにグラブやらなにやらの手入れを始める彼にとって、私は空気のようなものなのでしょうね。そっと手を伸ばしたところで、彼には届かない。ベッドから彼までは腕の長さ以上の距離がある。遠いなと思った。
 もしも私が幼なじみではなかったなら、宇宙は女の子として私を見ていてくれたのだろうか。家にいたら、男の子らしい反応を見せてくれたのだろうか。……ううん、あの子が好きな彼は他の女の子なんて目に入るはずもない。今、こうして腕を伸ばせる場所にいるのは、まったくもって彼の幼なじみという立場のおかげなの。なんと皮肉なものなのでしょう。
「宇宙」
「なんや」
「もっとこっち、来て」
「なに言うとるん? 変な名前やなあ」
 よいしょ、と腰を浮かせて近づきながらもこちらを向かない彼に、私は苦しくなる。縮んだ背中への道のり、固いそこへ指先だけが触れた。それでも宇宙は振り返らなかった。長い髪を揺らしても振り返らなかった。
 幼なじみ、呼べばこんなにも近くに来てくれるのに、決して繋がり合えることはない関係なの。やっぱりダメか。私はそっと腕を下ろした。彼はそれすら気づいていないのかもしれない。

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