NOVELS
□サトラレの恋 序章 【サトラレ】
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【序章】
「今日から営業二課に配属になる新人の皆さんを紹介します。」
「まずは佐竹周作さん。自己紹介お願いします。」
「はい。
途中入社で、この3人の中では、一番歳がいってますが、お二人同様に、ご指導ください。よろしくお願いします!」
《やっぱり、佐竹さん、堂々としてるなぁ。研修中も一番よく出来た人だったし。あ、佐竹さん、こっち見て笑った!》
「・・・じゃあ、次は・・・河野絵美さん。」
「・・・あの、ま、まだ大学出たてで、」
《絵美っち!頑張れ!》
「あの・・・頑張ります!」
《よろしくお願いしますって言わなきゃ》
「あ、よろしくお願いします!」
《そうそう。》
「・・・最後は・・・双葉かんなさん。」
「はい!河野さんと同じ、新卒です。右も左も分からないひよっこですので、右左からご指導お願いいたします!」
《なんか、軽いかな。右左って変?・・・あ、受けてる!良かった!》
「・・・じゃあ、分からないところは、右左から先輩たちにどんどん聞いてください。」
かんなの自己紹介が特別、営業二課の先輩たちを面白がらせた訳ではない。
かんなの心の声に反応して、皆、思わず笑いをこぼしたのだった。
双葉かんなは、サトラレと呼ばれる種類の希少な人種だ。
あらゆる国のあらゆる場所で、ごく稀に、無差別に生まれるこの人種の特徴は、周囲の人間に心で思った事が全て筒抜けになるというものである。
それは、本人にとっても、周りの人間にとっても、あまり喜ばしいものではない。
人は、赤ん坊から成長するにつれ、周りの人間からあらゆる事を学ぶ。
しかし、学ぶ事全てが、正しいとは限らない。
そして、正しい事だけが人間にとって大切だとも限らない。
例えば、嘘。
嘘をついてはいけません。
と、大人は子供に教える。
しかし、そう教える大人は、案外あちこちで嘘をついて生きている。
そうしなければ、生きていけないのが人間の社会だからだ。
でなければ、世界中に「嘘」という単語は存在しないはずだ。
サトラレは、その嘘が、つけない。
どんなに上手い嘘をついても、全て心の中の声ははっきり周囲に聞こえてしまうのだから。
「叔母さん、お年玉ありがとう!」
「かんなちゃん、大きくなったわねぇ。いくつになったの?」
「春から小学校行くの!」
「そう!ちょっと見ないうちにもう、小学生!叔母さん、歳取るはずだわ。ねぇ、依子。私ももう老けちゃってダメね。」
「そんな事ないわよ。まだ平気よ。」
《パパが叔母さん老けたなってさっきママに言ってたけど、何がダメで何が平気なの?わかんないや。》
大人の会話の横で黙って母と母の友達の顔を眺めていたかんなは、一瞬、母の友達の顔が凍りついて、会話が途切れてしまったのには気づかない。
「パパにお年玉もらったって言っておいで。」
と母に言われ、
《何買おうかなぁ》
などと、気まずい二人を残してその場を離れ、母は友達に頭を下げる羽目になる。
これが、サトラレとサトラレに関わってしまった人間の日常的な風景だ。
一見、笑ってしまいそうなささやかな出来事も、そうでない事も、サトラレ本人よりむしろ、周囲への影響が、まるで伝染病のように、サトラレへの憎悪を育んでしまう。
世界各地でサトラレが稀に生まれても
歴史に何も残らなかったのは、人間の憎悪がサトラレを長くは生かさなかった、もしくは家族が、周囲の反応を恐れて我が子を閉じ込めて世に出さなかった。そんな残酷な人種差別が長い間、まかり通ってきたためかもしれない。
世界中で人権が叫ばれ始めるようになった事は、サトラレにとって、朗報だっただろうか。
世界保健機関が本格的にサトラレの保護に力を注ぎ出してから、30年が経っている。
双葉かんなは、その、保護活動開始30年目に生まれたサトラレだった。