夢小説 短編

□ホントウノコエ
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それは私の一抹の不安と、科学者に備わる好奇心によるものだった。
名前と交際を始めて二月が経った頃から疑いが確信に変わり、彼女の気持ちを知る為に作った『相手の心の声が聞こえるようになる』機械を発明し今に至っている。
彼女は日本の大和撫子にも劣らない清らかな女性で、更に賞賛を付けるならば、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。この言葉が彼女の為に作られたかのような佇まいなのだ。黒く美しい髪に、洗練された落ち着きのある服装、異性の顔を立てる事を忘れない、こんな女性が此処アメリカで生まれ育っていれば王妃にでもなっていたのではないだろうか。それとも日本人は同国の人間に興味惹かれないのか、どちらにせよ彼女はペンギンの私から見ても怖いくらい裏表の無い完璧な女性なのだ。
だから尚更、彼女が私の事をどう思っているのか知りたくなってしまうのは自明の理だろう。砕ける事を覚悟に花束を捧げたアプローチ基告白に名前は微笑んで頷いてくれた。そこまではまるで私の理想通り、しかしそれから先が違っていたのだ。
「名前、はあ、君は今日も素敵だ」
「嬉しいです。ありがとうコワルスキー、貴方もとても素敵」
彼女はまるでオウム返しのように、私の言った言葉を繰り返すだけで、彼女から愛の言葉を掛けてくれた事がない。勿論本心で言ってくれていると承知しているし疑うつもりもなかったのだが、どうも科学で説明のつかない事柄には女々しくなってしまい彼女の言葉を信じる事が出来なくなっていた。
このままでは名前にも失礼だ。そう思った私が行動に移したのはそれからすぐの事だ。完成させたこの『思想ユーニラテラル放射銃』は、その名の通り打たれた相手の考えている事を、指定した人物に直接送信する事が出来る装置であり、ユーニラテラルと言うだけあり互いの脳が聞こえる事はなく飽く迄打たれた相手だけの脳の声が聞こえると言う仕組みだ。プロトタイプ版をリコに射出した所、言葉では言い表せられない凄まじい数の文字が脳内に直接聞こえて来た為改良し、無論テスト済みだ。彼女に失敗作の銃を突き付けるなど私には出来ないからな。
「コワルスキー、ニコニコしてどうしたんすか?」
「ああ、新人か。いい所に来た、名前を見なかったか」
「名前ならマリーンの居住区でお話してたっすけど、それがどうかしたの?」
「新人にはまだ恋と愛の区別も分からないだろう、だから私が今からやる事はまだ知らなくていい」
言葉の意味を理解出来ず目を丸くしたままの新人を横目にラボを飛び出すと、迷わずマリーンの居住区へ向かった。この銃を打ったその瞬間から愛しい名前の本当の気持ちが分かる、そう思うと地面を滑走する速度も心持ち速くなる。
マリーンの居住区はカワウソ一匹が住むには面積が大きく人間一人入るくらい動作もないようで、音を立てず侵入し影から二人を覗くと岩肌に腰を下ろしマリーンと会話に花を咲かせ楽しんでいる名前を捉えた。控え目な笑顔が今日も美しい。
「あははっ、ねえ名前それってマジ笑える!」
「凄く驚いたんだから、もう、笑わないでよ」
耳を澄ますと、二人の会話が僅かに聞こえて来る。今時の言葉で元気に笑うマリーンと、静かに女性らしくくすくすと笑う名前では月とスッポンか、それとも私が名前ばかりに依怙贔屓してしまっているのか、メス同士では積もる話もあるようで私といる時とはまた別の盛り上がりを見せている。楽しんでいる所を遮るのは気が引けるが、銃口を彼女へ向け持ち上げた時。
「そう言えば名前、最近アレとは上手くいってるワケ?」
「えっ……アレって?」
「コワルスキーの事よ、それ以外ないっしょ。それからどうなのよ、その後の進展は?」
以前からマリーンと色恋沙汰の話をして来たのか聞き方に迷いがなかった。それに引き換え名前は気付いてハッとすると肩を縮こませ頬を微かに染め俯いてしまう。
「オーケー、その様子じゃあ進展はないみたいね」
「……うん」
「それにしてもコワルスキーって意外と臆病なのね、アタシはてっきり付き合っても執拗いくらいアタックしてるのかと思った。だって前付き合ってたハンドウイルカの子には猛アプローチして」
「は、ハンドウイルカの子って、なんの事……?」
「あっ」
「おい!」
おいマリーン余計な事を!そう声を上げようとしてしまい咄嗟に嘴を抑え茂みに身を隠すと、マリーンは不審に思ったようだが追求する前に彼女の涙声によって阻止された。
「お願いマリーン教えて?ハンドウイルカの女の子って、もしかして前のコワルスキーの……」
「あー、もう言い訳は出来ないわよね。ええそう、ハンドウイルカのドリスって子。元カノって言うの?でも名前がこの動物園に来る何年も前に別れたって言ってたし気にする事」
「コワルスキーは、そのドリスさんには熱烈なアプローチをしてたの?そう……。ドリスさんも、コワルスキーの事をずっと?」
「いいや、あっちは元々コワルスキーの事なんて気にも止めてなかったし数え切れないくらい断り続けてたわよ。あー名前、話したアタシも悪いと思うけどもう過ぎた事だしあまり気にしない方がいいって、ね?」
名前はこの距離から見ていても明らかにドリスとの関係に驚きショックを受けているようだった。マリーンの言う通り彼女との関係は随分前にケリがついていたが、そんな事は名前にしたらなんの足しにもならない慰めにしか聞こえないだろう。別れたばかりの頃は未練タラタラに引き摺って半年寝たきりが続いたが、流石にその話はマリーンでも口が滑らないエピソードだ。
マリーンは悪いと思ったのか彼女に手を重ね優しく励ます。
「それにアタシから見たら可愛いのは断然名前よ!お淑やかだし美人だし?何よりコワルスキーのタイプド直球って感じ!」
「……確かにコワルスキーは、私にとても優しく接してくれる」
「ほら!」
「でも、それだけな気が、最近はしていて」
「どう言う事?」
名前は恥ずかしそうに続ける。
「私が会いに行くと、コワルスキーはいつも綺麗だ、素敵だって褒めてくれて、初めはそれだけでとても嬉しかった。胸が暖かくなって、気持ちが良かった」
「随分な惚気ね。それで?」
「でも最近は、それ以上がないと、言うか。私が勝手に、コワルスキーに不満を抱いてしまっているの。こんなに愛してもらっているのに、ドリスさんよりも、愛してもらっていないかもって思って。分かってるの、分かってる。もう過ぎた関係を掘り下げて比較してしまう事が罪深いのは。でもコワルスキーの事を思うと、今は胸が、痛くて」
胸を抑える名前の顔はここからではもう見えなくなってしまった。そして気付いたのだ、俯いたまま連ねる彼女の言の葉は、今正しくこの拳銃で聞き出そうとしていた本音なのではないかと。私には話す事の出来ない本当の理由を狡い方法で盗み聞いてしまっているのではと。罪悪感がふつふつと沸き立つ中で、マリーンは彼女の膝に立つと頬を撫でて笑い明るく場を和ます。
「ねえ聞いて名前、アナタの言いたい事は良く分かった。だからね、アタシが思うに名前は何も間違った事は言ってないと思うの。だって名前は、コワルスキーにもっと触れてもらいたいだけなんだから」
「触れて、もらう?」
「ええそう、なんでもいいの。手を握ったり、キスしたり。名前は心に触れられたがってるってワケ、なんでか分かる?」
「ううん……」
「そ、れ、は……本人に直接聞いてくる!」
「えっ?!」
マリーンは落ち込んだ彼女を立ち上がらせると足を叩いてペンギンの居住区に行くように急かした。驚く名前はマリーンに半ば強制的に見送られ覚束無い足取りで居住区を後にしようとする。私は覚悟を決めると思想ユーニラテラル放射銃を背後に隠し名前の前へ姿を表した。
「名前!」
「え、あっこ、コワルスキー……!」
「話があるんだ。今、時間いいかな」
「は、はい……」

  
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