夢小説 短編

□ホントウノコエ
2ページ/2ページ

  
名前を連れ出し人気のないベンチに腰を下ろすと、話さなければならない事が多過ぎて中々口が開かない。それは彼女も同じようで、漸く沈黙を破ったのは私の覚悟が出来た時だった。私は顔を上げ名前を呼ぶと、頬を染めている彼女に口を開く。
「先程マリーンと話していただろう」
「聞いていたの?」
「すまない、盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ話しておきたい、私の事を」
私の計算上こうする事が最善だった。忍ばせていた放射銃を取り出しリンクする相手を彼女に指定すると、銃口を自分のこめかみに押し当て
「コワルスキー、何を」
「伝えたい事があるんだ」
「コワルスキー!」
引き金を引いた。
射出されたエネルギーは私の体を包み僅かな頭痛や目眩と共にリンクが成功した事を付属のランプが知らせる。私なら恐らく脳内の言葉もコントロール出来る、そう踏んだ事もあったが何より、マリーンの言っていた『心に触れる愛』を彼女に与えたかった。何故なら彼女の方も、私の事をあんなにも。
「コワルスキー、大丈夫?お願い目を開けて」
「……名前」
『うわこの角度とてつもなく可愛いな』
「えっ?」
明白に分かる彼女の反応。正常に且つ鮮明に私の心の声は届いている。そう分かるや否や、顔が熱くなっていくのを感じながらも視線を合わせ、頭の中で伝えた。がしかし。
『本当はもっと近くで君を感じたい。ただ口説くだけではなく、体を寄せ合い温もりを感じて、怯える君を抱き寄せて接吻を施し、そして』
「アッ!すまない名前!これ以上はあまりその、聞かない方が!いや聞かないでくれ!」
「えっで、でもっ、一体何が起こって、どうやって遮れば……!」
このままではリコの二の舞いだ。そう思っても溢れ出る私の思想は本当の声。当然止めようとして止まるような代物ではなく幾ら耳を塞ぐよう訴えても全くの無意味だ。
自分で自分の事を忘れていたのだ、私は人より多少変態である事を。否、変態ではなくとも今まで頭の中だけで留めていた物が独りでに溢れ出てしまうのだ、こうなれば新人程の健全な生き物以外私と同じもしくはそれ以下になる。
『君をふかふかのダブルベッドに倒し、虚しい体を私が沈めてあげたい。私の愛は無限だ、こんなに愛しているからこそ君に嫌われる事を酷く恐れている。でも受け入れても欲しくてこんな卑怯な発明までしてしまった。私は罪だ、罪人だ、その所為で現在進行形で純粋な君を汚しているのだから。でも汚れていく君を見るのも、汚しているのが私だと言うのも想像するだけで心が充実していくのを感じる。お願いだ名前、こんな醜い私をどうか捨てないで、ずっと傍にいて、君に軽蔑なんてされてしまったら私は一体どうしたら』
「クソ、最悪だッ。ああもうすまない……聞かないでくれ名前……名前?」
その一瞬では、何故名前が顔を真っ赤にして涙目になっているのか見当もつかなかった。嫌悪の涙かと思ったのにどうしてか胸がちっとも痛くならない所か、一度も見た事のなかったその表情があまりにも美しくて見惚れてしまった。
「名前、な、何故泣いているんだ?」
『泣いている名前も凄く綺麗だ。宝石みたいにキラキラ輝く涙が頬を伝う度に、まるで私の心もひたひたと幸せに満ちていくようだよ』
「こ、わるすきー、は……恥ずかしい、です」
「え?あ、もしかして心の声がまた変な事を言っているのか!?すまないあまり考えないようにしているんだがどうにも制御が難しくて」
『手で顔を隠している、なんてキュートなんだ。顔が見たい、顔を見せてくれ名前、私の愛しい名前、私の細胞全てを魅了する君の顔をもっと眺めていたい』
「ううううぅぅ〜……っ」
全てが美しい大和撫子が遂に顔から湯気を出す勢いで顔を染めその場にへたり混んでしまうと、これ以上私の思想を覗かせるのは悪影響を及ぼすと判断し、謝罪を入れた後その場を離れようと一歩後退する。この放射銃は磁石と同じで、エネルギーが届かなくなる程度の距離にまで離れるとリンクされた脳と脳とが引かれ合う事を止めるのだ。私も、もうこれ以上恥ずかしい脳内を聞かれてしまうのは耐えられない。幾ら彼女の愛を証明しようとしたとて、本性がこんな変態では本末転倒だ。
「すまない名前、もういい、私は離れるから、泣き止んでくれ」
そう思い背を向け一歩踏み出したその時。
「ぁ、待って……行かないでっ」
「ッ!?」
『うわあああああああああああ!!!!』
「えっ!えっ?えっ!?ご、ごめんなさい!」
互いに反射だったのだが、私の方が重症だった。彼女はその場を離れようとする私の翼を握り引き止めて、私はと言えば
「だ、大丈夫だ……きききき気にしないでくれ」
『初めて触られた初めて触られた初めて触られた初めて触られた初めて触られた初めて触られた』
脳内で軽いパニックがおきていた。
顔では隠していたつもりなのに、この距離では心の声さえも聞こえてしまっている。ともなれば私が普段から彼女に接する時、どんな心境なのか嫌でも理解してしまった筈。こんな姿を名前に見られている事が恥ずかしさを通り過ぎ、今すぐ地球の裏側まで飛び出したい気持ちを必死に堪え彼女からの視線を避ける。最早何処まで私の声が届いているか分からない。それは思想ユーニラテラル放射銃が、打たれた本人が相手に何を送信しているか明確に知る術がない為だ。
「あ、あの。本当に、あの……頭の中に響くこの声は、コワルスキーの本心、なの?」
視線を合わせない私に様子を伺うように尋ねる名前は、先程放った拳銃が原因で起こったと薄々理解しているだろう。彼女の話を盗み聞き、そして彼女ではなく自分自身に打った意味も恐らくは。私は困り眉を下げ、まだ目と顔の赤い名前を見つめると、本心が聞かれている以上嘘も付けず肯定を意味し頷く。
「勿論だ、これが私の、本当の気持ちだとも」
「……罰」
「え?」
「マリーンとの会話を盗み聞きしていた罰、受けてくれませんか」
「あ、ああ。そうだな、なんでも受けよう。どんな酷い事でも」
そう言うと名前は深呼吸から一拍間を空け、告げた。
「私謝りたいの、コワルスキーに」
「私に?どうして」
「……嫉妬と言うものをしていたのだと思う。何も知らない昔の恋仲の方と自分を比べてしまった事、私は愛されてないと自意識過剰になっていた事、悪い事ばかりに目がいって、コワルスキーの気持ちに気付かなかった事も全部。……コワルスキーは、こんなにも私の事を、考えていてくれていたのに」
『だから、本当にごめんなさい』そう頭を下げた彼女は何も悪い事をしていないのに彼女の良心がそれを許さなかった。言いたい事が山程あって頭で整理がつかない。と言う事は今の私の困惑も伝わっているのだ、それなら早く頭を上げて欲しいのに彼女は動かない。
「名前、その、良ければ顔を見せてくれないか」
『君が謝る事などないのに、どうして』
「私が悪いんだ、触れば壊れてしまう程繊細で綺麗な君が愛しくて遠慮してしまっていた。本当の私を知れば、怖がらせてしまうと思って」
御託でも弁解でもいいから、今すぐ彼女から不安を取り除きたいと心から思った。ゆっくりと顔を上げた名前に恐る恐る翼を伸ばし首筋をなぞると、神秘の感触に体がゾクゾクと震え本能を呼び覚ます。
「でももう、きっと私は止められない。胸の内まで晒してしまったんだ、これまでのように手を出さない健全なコワルスキーではなくなったのだから」
『触り心地のよい肌、伝わる熱量、痺れる手羽先が私の興奮を物語っている。このまま接吻したらまた怖がらせてしまうかな、でも隠す事が出来ないなら、名前、この声も聞こえているのだろう?』
「こ、コワルスキー……その」
『出し惜しみなんてしたくないんだ、好きだと言う気持ちを殺してまで君を優しく扱う事はもう止める。もう聞かせてくれるだろう、君の答えを』
この環境にも慣れて来て脳内の本当の声を着実にコントロール出来るようになってきた、ともなれば口頭より思いが伝わりやすいのは明白だ。更に愛のいざこざを解決する一番最前の方法が接吻にある事も科学的根拠に基づいて承認済み。関係を深めるにはこれ以外に見つからないだろう。と、思ったのはほんの数秒間だった。それはそうだ、人間のメスは本能より理想を目指す生き物なのだから。
「ま、待ってコワルスキー……!」
「どうした?」
「罰をあと一つだけ。発明はとても素敵だけど、ちゃんとコワルスキーの肉声で、好きだと言って欲しい」
「だ、だが君も聞いていただろう私の心の」
「ごめんなさい、我儘なのは分かっているの。でも、貴方の本当の声を、聞かせて欲しい」
私の気持ちを汲み取っている事はすぐに分かった。今までの彼女ではただ頷き肯定するだけだったのに対して、今は本心を話すようになってくれたのだ。嗚呼やはり、無垢な子程汚すのは美しい。彼女がどんどん私を受け入れてくれるのがこんなにも堪らなく嬉しいなんて、そしてこんな些細な事を我儘だと感じているなんて、最早私を試しているようにしか思えない。
私はベンチの腰掛けに飛び乗ると名前と目線を合わせ大きく息を吸い込む。
「名前」
『名前』

「私は君の事が」
『私は君の事が』

「大好きだ」
『大好きだ』
しっかり伝わっただろうか、私の本当の声は。それは疑問を持つ前に彼女の笑みと涙で解決した。両手で口元を隠し肩を竦ませる姿と共に、震える小さな声で『私もです』と聞こえた頃には、互いの額を合わせ微笑んだ。
私はもっと名前に触れたかったし、染めたかった。名前も触れられたかったし、染められたかった。今思えば付き合った頃からそう思っていたのかも知れない。
さあ、ならばもうこの拳銃は粗大ゴミに出さないといけないな。

END

  
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ