頭文字Dの小説 2

□一本の煙草
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「どうしよう、タバコどっかに落としちゃった。」


夜中の真っ暗な妙義に1人で私はいる。


もう何分くらいここにいたのか。
ずっと愛車であるS13を路肩に停めてぼーっと突っ立っていた。
久々に綺麗な空気を吸いたくなっていたが、さすがにずっと空気だけでは飽きてきたので、一服しようとしたところだった。


「確か箱にあと5本は入っていたのになー」



最近はタバコは安いわけではない。

それに私は入ってくる給料をほとんど車につぎ込み、さらに食費もかかるのでお金は余る程ない。



あたりを携帯の懐中電灯で照らしながら探したが、草むらもあるので恐らく見つけられないだろう。

私は半ば諦め、車に寄り空を見上げた。


ここは標高もそれなりにはあるが、やはり空は高いものだと改めて確信した。

空気が澄んでいる真冬の、真夜中の夜空は例えようのないくらいに良い雰囲気を醸し出している。

やっぱりここに来てよかった、そう思い帰ろうかと思ったがその刹那、私の憧れであるR32が独特のエンジン音を響かせ、上がってきた。



「あれ、32…ってことはもしかしてナイトキッズとかいうやつの…」


思い出した、ここが妙義なら彼らのホームコースに自分は居るんだった。

本当にあの32乗りの人なのか気になった。

するとR32は私の車の後ろに停めて降りてきた。



「こんな時間に、あんた走り屋か?」


そうか、S13に乗ってるから走り屋と見られるのか。
走り屋かと聞かれれば違うような気がしないでもない。
別にドリフトとかそんなに何回もやったことはない。
だってこの車、一応自分の父と共用してるから。
けれど私からしてみれば愛車、となるのだ。



「走り屋…ではないわ。。
この車乗ってるとよく聞かれるんだけど。」


「俺もこの車の前、S13に乗ってた。」

へえ、元13乗りね。偶然だなあ。
けれどその一言で嬉しくなってる自分がいた。
しかし肝心なことをまだ聞いてなかった。


「あなたはナイトキッズのリーダーの中里さん、だっけ?」


すると私の予想は的中し短く彼は、ああ、と答えた。


「それにしてもR32、いいわね。
いつか乗ってみたいのよ。」


「それであんた、こんな時間に何してた?」


「あ、タバコの箱をここら辺に落として探してた。
結局どこにもなかったけど。」


すると中里はタバコを一本私に寄こした。
ライターをカチカチと鳴らしている。


「え、一本くれるの?」


「ああ」



まさか巷では割と有名になっている32乗りの人からタバコをもらうなんて思わなかった。
友人に自慢してあげよう。
中里と会った事、会話した事、そしてタバコを貰ったこと。


思いっきり紫煙を吸うと目を閉じた。

普段なら寝ている時間に活動しているせいか、ひどく眠気が襲ってきた。

この眠気の中で家まで帰れるか。
いっそこの車の中で夜が明けるのを待った方がいいのか…


けれどこんな山の中で寝るのはさすがに不安だからやめておこう。


しばらく彼と車について、チームについての話をしていた。
彼はかなり本気の走り屋だということがわかった。
まあ、会った瞬間から勝ち気な感じがしてきたが。


タバコを消すともう帰ろうかと迷った。

横にいる彼はどこか近寄り難い雰囲気を出しているが、別に気にならなかった。

しかしずっとここにいては冷えてくるし、もうやる事もないから帰ることにした。



「それじゃあ、タバコありがとう。
そして32を見ることができてよかったわ。
もう遅いから帰る。さよなら。」



車に乗り込もうとドアに手を掛けた。
しかしそれを制すように声が聞こえた。


「次はいつ来る?」


「え? ここに?」


まさか自分に向けられた言葉だとは思わなかったが、今ここには中里と私しかいない。


「基本俺は金曜の夜とか週末の夜中だったら、ここにいる。
あんたも来るといい。」


「わかったわ。来週の金曜なら来れる。
またここにいるわ。」




アクセル全開で山を下る。
名前すら相手に教えていないのに、すごく彼に近づいた気がした。

まだ遠い夜明けを私は走っていく。

次に彼と会ったら…もう少し近づきたい。




The End

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