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□五
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ちらちらと雪が降っている。静薫は冷える手先に息を吐く。
正月が終わり、漸く落ち着きを取り戻しつつある白鳥沢に珍しい客が訪れようとしていた。

「ん?」

ふいに影が通った。玄関口の掃除をしていた静薫は不思議に思って顔を上げる。
見れば、美しい真っ黒な翼を持った者がちょうど、降り立った所だった。

「八咫烏…さん?」

「ああ、源田さん。久しぶり。」

「お久し振りです。どうぞ入ってください。」

烏野山の菅原だ。烏野山は規模こそ小さいが、なかなかの強者揃いだ。いや、この場合曲者揃いと言った方が良いかもしれない。

そして菅原は妖怪の類いではなく、神の使いの八咫烏。
つまり、位だけで見れば、牛島よりも格上、瀬見と同格になる。

そんな菅原の来訪に、屋敷内は色めき立っていた。

「久しいな菅原。いつ以来だ?」

「確か最後に来たのは50年くらい前だべ。」

菅原を座敷に通し、会話を交わす牛島。静薫は後から入り、入れたばかりのお茶を彼らに出した。

「それで何の用だ?」

「うん、今日はただの状況確認。最近人が増えてきて、山が拓かれる事が多くなったから、白鳥沢はどうかなって。」

菅原の言葉に牛島は少し考える仕草を見せる。

「そうだな…、確かに近頃いくつかの土地が使えなくなってはいる。不満を抱いている奴も少なからずいるだろう。」

「そうか…やっぱりそうだよな。そろそろ身の振り方を考えないと…、俺達だけじゃなく。」

「ああ。」

やれやれと言うように首を振った菅原の顔を見て、静薫は目を伏せた。
古来より人は妖怪と共存してきたが、近頃はそうもいかないらしい。事実、人が妖を、妖が人を目の敵にする者が増えている。

「静薫。」

「?はい。」

「お前は何も心配する必要は無い。」

突然、牛島から呼び掛けられ、返事をすると、力強い言葉が帰ってきた。
それは彼なりに彼女を気遣ってくれた言葉のようで、それを察した静薫は少し微笑んで見せた。

「じゃあ、そんだけだから、俺は帰るよ。」

「え?もうお昼時ですし、すぐ支度しますから、ご飯、食べていってください。」

「えー、流石に悪いよ。」

「まだ、そちらの話を聞いていないぞ。ゆっくりしていけ。」

「…分かったよ。」

どうやら逃げられないと悟った菅原は苦笑いをして、まだ温かい湯飲みに口を付けた。

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