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□七
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梅雨の中頃にも関わらず、珍しく晴れたとある日。静薫はいつも通り、玄関の掃除をしていた。
ガラガラと扉が開く音がして振り返ると、欠伸をしながら歩いてくる瀬見の姿があった。
「瀬見くん、出かけるの?」
「ん?ああ、ちょっと里の方に行ってくる。」
「里に?」
あまりこの沢から出ることのない瀬見が、何をしに行くのだろうか。
すると、彼は笑って答える。
「今日は夏越の祓(なごしのはらえ)だからな。」
「ああ!もうそんな季節か〜。」
ようやく静薫は納得した。
夏越の祓とは、水無月に神社で行う祭のことだ。半年の間に憑いた穢れを祓う意味がある。
そして、元々稲荷の狐であった瀬見は、毎年、里の神社へ後輩にあたる狐達を手伝いに行くのだ。
「まったく、こっちは隠居した身な上、もう神の使いじゃないってのに、人使い荒いよな。」
「そうだね…。」
困ったように頭を掻く瀬見に、静薫が苦笑いを洩らす。
「あ、そうだ。なんなら源田も行くか?」
「え?」
「俺が手伝えるのは見えない所までだからな。人がいてくれると助かる。」
突然の申し出に彼女はしばし考え込んだ。
考えてみれば、今日はあまり仕事が無い。
「うん、良いよ。」
「よし、じゃあ行くか!」
その里は、白鳥沢の渓谷をしばらく下った先にある。
「おおー、立派だね。」
「そういや、源田は来たことなかったか。」
「うん、里はあるけど、神社は初めて。」
祭り囃子を聞きながら、いつもより賑やかな里を歩く、この行事は夏祭りでもあるのだ。
里の端、赤い鳥井を何本もくぐった先に、その神社はあった。そして、その横には、夏越の祓の象徴とも言える、茅の輪(ちのわ)が鎮座していた。
人々は、この輪を八の字にくぐり、穢れを祓い、この先の無病息災を祈る。
「わっ!?」
つい見とれていると、足元に白い狐が数匹まとわりついた。
「おい止めろ、そいつは俺の知り合いだ。」
瀬見が頭を撫でると、彼らは大人しくなり、社殿の方に走って行ってしまった。
「じゃあ、手伝ってもらうけど、忙しいから覚悟しろよ?」
「うっ…頑張ります。」
「はぁー、疲れたー。」
日が暮れ始めた頃、ようやく解放され、静薫はホッと一息吐いた。
本当に忙しかった。そりゃあ瀬見が嫌がる訳だ。
その瀬見は、人々の願いを聞くために社殿にこもっているので、まだ帰れないそうで。静薫は白鳥沢に帰るため、一人で歩き出した。
神社の前の通りには、提灯が下げられ、夜店が並び、沢山の人で賑わっている。その中には子供達もいた。
そう言えば、昔は祭りが楽しみだったなぁ…と静薫は目を細める。そんなこといつの間にか忘れてしまっていた。
すると、視界の端に、いる筈のない姿が見えた。
「牛島くん……?」
「遅かったから迎えに来た。」
どうしているのかと聞く前に答えられてしまい、静薫は笑った。
何故だろう、凄く嬉しい。
「棟梁がこんな所にいていいの?」
「構わない。他の奴らも祭りを楽しんでいるようだからな。」
どうやら他にも来ている者がいたらしい。気がつかなかった、と静薫は驚いた。
「じゃあ、お土産に水無月を買って帰りましょう?」
「ああ。」
日はすっかり暮れている。
これからが妖怪達の宴だ。
水無月:夏越の祓の際に食べるお菓子の事。氷を模した縁起物。
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