拍手

□七
1ページ/1ページ


梅雨の中頃にも関わらず、珍しく晴れたとある日。静薫はいつも通り、玄関の掃除をしていた。

ガラガラと扉が開く音がして振り返ると、欠伸をしながら歩いてくる瀬見の姿があった。

「瀬見くん、出かけるの?」

「ん?ああ、ちょっと里の方に行ってくる。」

「里に?」

あまりこの沢から出ることのない瀬見が、何をしに行くのだろうか。
すると、彼は笑って答える。

「今日は夏越の祓(なごしのはらえ)だからな。」

「ああ!もうそんな季節か〜。」

ようやく静薫は納得した。
夏越の祓とは、水無月に神社で行う祭のことだ。半年の間に憑いた穢れを祓う意味がある。

そして、元々稲荷の狐であった瀬見は、毎年、里の神社へ後輩にあたる狐達を手伝いに行くのだ。

「まったく、こっちは隠居した身な上、もう神の使いじゃないってのに、人使い荒いよな。」

「そうだね…。」

困ったように頭を掻く瀬見に、静薫が苦笑いを洩らす。

「あ、そうだ。なんなら源田も行くか?」

「え?」

「俺が手伝えるのは見えない所までだからな。人がいてくれると助かる。」

突然の申し出に彼女はしばし考え込んだ。
考えてみれば、今日はあまり仕事が無い。

「うん、良いよ。」

「よし、じゃあ行くか!」





その里は、白鳥沢の渓谷をしばらく下った先にある。

「おおー、立派だね。」

「そういや、源田は来たことなかったか。」

「うん、里はあるけど、神社は初めて。」

祭り囃子を聞きながら、いつもより賑やかな里を歩く、この行事は夏祭りでもあるのだ。

里の端、赤い鳥井を何本もくぐった先に、その神社はあった。そして、その横には、夏越の祓の象徴とも言える、茅の輪(ちのわ)が鎮座していた。

人々は、この輪を八の字にくぐり、穢れを祓い、この先の無病息災を祈る。

「わっ!?」

つい見とれていると、足元に白い狐が数匹まとわりついた。

「おい止めろ、そいつは俺の知り合いだ。」

瀬見が頭を撫でると、彼らは大人しくなり、社殿の方に走って行ってしまった。

「じゃあ、手伝ってもらうけど、忙しいから覚悟しろよ?」

「うっ…頑張ります。」




「はぁー、疲れたー。」

日が暮れ始めた頃、ようやく解放され、静薫はホッと一息吐いた。
本当に忙しかった。そりゃあ瀬見が嫌がる訳だ。

その瀬見は、人々の願いを聞くために社殿にこもっているので、まだ帰れないそうで。静薫は白鳥沢に帰るため、一人で歩き出した。

神社の前の通りには、提灯が下げられ、夜店が並び、沢山の人で賑わっている。その中には子供達もいた。
そう言えば、昔は祭りが楽しみだったなぁ…と静薫は目を細める。そんなこといつの間にか忘れてしまっていた。

すると、視界の端に、いる筈のない姿が見えた。

「牛島くん……?」

「遅かったから迎えに来た。」

どうしているのかと聞く前に答えられてしまい、静薫は笑った。
何故だろう、凄く嬉しい。

「棟梁がこんな所にいていいの?」

「構わない。他の奴らも祭りを楽しんでいるようだからな。」

どうやら他にも来ている者がいたらしい。気がつかなかった、と静薫は驚いた。

「じゃあ、お土産に水無月を買って帰りましょう?」

「ああ。」

日はすっかり暮れている。
これからが妖怪達の宴だ。




水無月:夏越の祓の際に食べるお菓子の事。氷を模した縁起物。

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ