大好きな... old

□分らない
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鍵を開ければ、部屋の中で野放しなっておる子猫が玄関までやって来る

「「ミャー」」

目の前で大人しく座れば、俺と氷月を見上げて尻尾を振っておる

此処までこの子猫達は懐いたんじゃな

仁「すまんのう、前を通るナリ」

扉をしっかりと閉め、鍵とチェーンを掛ける

相変わらず女にしてみれば殺風景な部屋じゃ

必要最低限の物しかない

台所も綺麗じゃし、風呂桶もピカピカと輝いておる

寝室のベットのシーツも綺麗に伸ばされておるし、部屋には埃が見当たらない

かなり几帳面にしておる

そんな綺麗なベットに彼女の体を下すと、2匹の子猫はベットに飛び乗り氷月の側で丸くなる

仁「邪魔しちゃいかんぜよ」

2匹を持ち上げて床に降ろすと、また懲りずに飛び乗る

仁「はぁ...」

子猫は氷月の存在にベタ惚れのようじゃ

全く離れる気配が無い

勉強机に備え付けの椅子に座って彼女を見守る

大きく深い呼吸をしておる

じゃが、その呼吸は少しだけ不自然で震えておった

額にうっすらを汗を滲ませながら

『うっ...』

壁に体を向けて丸くなる

子猫達もそれにつられて側に寄って行く

公園から連れて帰った時よりも顔色は悪くなっておる

魘されておるんじゃろう

一体、彼女にとってどんな悪夢を見ておるのか

気になるが、あまり聞きださん方がええじゃろう

仁「はぁ...」

ため息しか出ん

ただ、雨の日に悪い事が重なっておる

友達が怪我をしたのは雨の日

さっきの話に出てきた「水」の話題も雨の日が関係しておる

彼女はどんな所で、どんな風に生きておったんじゃろう

...優真に聞けば、氷月の事が分かりそうじゃな

優真は氷月の事を多く知っておるようじゃし

互いにかなり信頼しておる

恋人の関係と言うよりかは、幼馴染と言った雰囲気ではなく

まるで兄弟みたいに見える

『ケッホ、ケッホ...』

軽い咳をすると満足な呼吸が出来なくなったのか、仰向けに眠る

子猫達は自身が下敷きになる前にその場をどいて、また彼女に寄り添った

そこから段々と息遣いが荒くなる

時々、何かを耐えるように息を止めたりしておる

額には大粒の汗が首などから伝ってシーツを湿らせていく

彼女の片手が自身の首を捉えると、少しずつ力を入れて行く

『ゲッホ、ハァハァ...、ゲッホゲッホ...』

仁「氷月!」

さすがにこれ以上はマズいと思った俺は彼女のベットに腰を掛けて名前を呼んだ

じゃが、一向に反応する事がない

苦しそうに顔を歪めては何度も寝返りを打つ

子猫達はそんな彼女から遠ざかり、扉の前で座ってこちらを見ておった

仁「氷月!氷月!!」

体を激しく揺さぶって大きく怒鳴るような感じで名前を呼ぶ

『あ...っ...』

薄っすらと開いた瞼

瞳は虚ろで、荒々しい呼吸を整えておった

仁「俺が分かるか?」

『......』

頭はまだ寝ておるのかもしれんが、とりあえずは彼女が目を覚ました事に一安心じゃ

ゆっくりとした動作で起き上がると、片膝を立てその上に肘を置いて手を額に当てた

首元は汗でぐっしょりと湿っておった

頭の包帯もじゃ

『あ、仁王君、ですか...』

急に開いた口から俺の名前が聞こえる

仁「そうじゃ。水を取って来るから、その間に着替えんしゃい」

静かに部屋の扉を閉め、整理されておる戸棚から透明なガラスのコップを手に取る

氷月の家の冷蔵庫には水が冷やされておるから、そこからコップ8分目まで注ぎ入れた

寝室からようやく物音が聞こえてこれば、彼女は着替えるために服を準備しておるようじゃ

そこから3分くらい経つと子猫の鳴き声が聞こえてきよった

俺は着替え終わったと判断し、ノックをせずに中へ入った

仁「......」

『...あ』

勉強机にコップを乗せ、俺は正面から優しく抱きしめた

仁「頑張ったな」

『え...?』

半袖姿の彼女

その腕には見ていても痛みが伝わってきそうな程の青痣が敷き詰められた腕じゃった

話を聞いた後では、余計にそれが分かる

右腕の袖を少しだけ上げると、生々しい大きな傷跡が見えた

仁「痛いか?」

『今となっては、何も感じません。普通より使えない腕と認識しております』

仁「そうか」

抱きしめておった腕を離し、机の上のコップを手渡す

仁「飲みんしゃい。かなり汗を掻いておったからのう、水分補給じゃ」

『ありがとうございます』

足元には子猫が互いにじゃれ合いながら遊んでおる

喉の音を鳴らさずに、静かに水が減ってゆく

全て飲み干してしまった
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