大好きな... old

□闇
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柳sid

さて、今日からまた別のメニューを試してみよう

朝7時半

アップを終えたテニス部は今日もコートの中に入って行く

俺達がアップをしている間にも

彼女は、氷月はドリンクやタオルの準備にコート整備までやってのける

仁王の異変があってから仁王は少なからず彼女の存在を頼っている

偏食の仁王が朝ご飯を食べ、昼にはおにぎりをかじり、夜ご飯もバランスよく取らせているようだ

そのお陰か、最近では暑さでバテていた仁王が日光の下を長時間動けるようになった

適度な筋肉も付き、パワーも上がっている

細身なのは変わらないけどな

外周を走り終えた選手はまずドリンクやタオルを貰いにコートのベンチへ向かう

何時もそこに人数分の物が揃い

彼女の姿は何処にもない

部室、洗濯、あるいは倉庫の何処かだろう

選手の邪魔にならないようにと、この時間の彼女はどこかへ行ってしまう

用事がある時は彼女の方から何処となく現れる

だが

柳「氷月...」

今日の彼女、いや、最近の氷月は何処か違う

少なくとも俺達を避けているように見える

誰かにそそのかされたのか、それとも優真の父親の言っていた記憶が蘇り

自身が何者なのか疑問に持ったのだろう

やたら仁王が氷月に構うのはそんな事を思わせず、記憶の闇に飲み込まれないようにするためなのだろうか?

絶望色の瞳が、さらに濁り

纏う雰囲気も重くなっている

過去と向き合い、知りたいと願った氷月

彼女の願いを叶えるかのように記憶は少しずつ取り戻していると話を聞く

内容については聞かない事にしている

それだけ彼女に現実を突きつける事になってしまうからだ

これ以上、彼女が精神的に壊れないようにするためには詳細な情報を求めない方がいいだろう

彼女が話したいと言えば俺は聞く

俺達は、変わっていく彼女を見守る事しか出来ない

その代わりに、テニスと言う競技の楽しさや面白さで気持ちを明るく保ってほしい

元は暗い雰囲気があるが、それでも表情が柔らかくなってきた彼女は心を取り戻しているのだろう

最近では俺達が注意して見なくとも微笑んでいる

だが、もっと他の感情を覚えてほしい

泣いてもいい、苦しいと言ってくれてもいい

楽しいと声を出して笑ってほしい

彼女が人間らしくないのは表情がないからな

幸「柳、氷月を呼んできて」

柳「雨だな?」

幸「ああ、念のために」

柳「分かった」

今日は午後から雨が降る

雨の日に大きなトラウマがある氷月にとっては辛い1日になりそうだ

コートで打ち合いを始めた部員を見ながら

ドリンクやタオルを持ちながら、此処から一番近い物干し竿の方へ向かう

柳「...いない、な」

竿にはタオルは掛かっておらず、そのまま行けば部室にいる可能性が高いだろう

柳「氷月、柳蓮二だ。入る...!」

部室の中で大きな物音がした

大きな物音と言っても外に漏れる程度の大きさ

だが

柳「氷月!」

扉を開け、まず視界に入ったのは辛そうな背中を向ける彼女の姿であった

奥の水道でボトルを洗っていたらしい

水道の水は出っぱなしであり、ボトルが床に散乱している

柳「氷月、大丈夫...」

か?

と聞こうとした

彼女に近づき表情を見るととても苦しいようだ

片手は胸を、片手は額を押さえている

呼吸も浅く、満足に出来ていない様子だ

『片頭痛、です...。問題、ありま、せん...』

片頭痛

片側あるいは両方のこめかみから目の辺りにかけ、脈打つように痛むのが特徴だったな

そして、普段は気にならない音が煩く、普段の光を眩しく、さらには胃がムカムカする事があるらしい

痛みは1〜2時間でピークを迎え、吐き気や嘔吐が伴う事が少なくない

あまりの痛みに動くことが出来ず、仕事や勉強等が手につかなくなる事があり

ひどい場合は寝込む事がある

動くと痛みが悪化し、じっとしている方が楽であり

痛みが来ている間は姿勢を変えたり、少しでも頭を傾けたりするだけでも痛みがより強くなる

柳「氷月、薬か何かはあるのか?」

『っ...!』

痛みで他の行動が取れない氷月は目を俺に向ける

片目を強く瞑る彼女は、俺を見た後、すぐに別の方向を向いた

その視線の先には鞄がある

柳「鞄の中にあるのだな?」

静かに言えば、彼女は服をギュッと握りしめた

確認している場合ではない

俺は部室を飛び出し、失礼ながらも誰もいない女子更衣室へと入った

ロッカーの中にある彼女の持ち物を全て取り出し、彼女の元へ戻った
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