大好きな... old

□束縛
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仁王sid

早朝、と言っても8時半に河川敷のテニスコートに来ておった

陽は完全に上り、周りの温度をじわじわを上げていく

そんな中、テニスコートの中では珍しく息を弾ませる氷月がひたすらサーブ練習をしておった

ボールはどれも深い所に、突き刺すような感じで入っておる

じゃが、何故か左手でトスをあげ、右手のラケットを振り下ろしておった

永遠に治らない右腕を使ってひたすら、無我夢中にサーブだけを打ち続けておった

自身の持っておる携帯のディスプレイを見れば9時じゃった

俺がここに来たのは8時半じゃったから、30分もずっとサーブだけを打ち続けておる

サーブだけなのにも関わらず、俺には氷月の表情が柔らかいように感じた

何時もと一緒の無表情なのに

?「あれ?仁王先輩?」

仁「お、優真か」

テニスコートの中にある錆び付いたベンチに座っておると、フェンスの扉を開けて優真が入ってきた

優真の肩には少し汚れたテニスバックがあった

テニスバックをベンチに立て掛けるようにして中からラケットを一本取り出した

風上「仁王先輩は、向う側だと思っていました」

仁「幸村からの命令じゃよ。後、俺の興味」

風上「そうですか...。ねえ、先輩」

仁「?」

優真はひたすらサーブを続ける氷月を見ると、頬を緩ませ今までにないくらいの純粋な笑みを浮かべておった

風上「氷月、楽しそうにやっているでしょ?」

優真の問いには簡単に答えられん

体は楽しそうに、待ち望んでいたかのように激しく動いておるのに

表情は変わらず無表情で、機械のような感じじゃった

優真「氷月は腕を失っただけじゃないんだ。本当にテニスを楽しむ事も、中学3年間で失った」

仁「...みたい、じゃな」

非常な日常を3年間も繰り返し、ただただ人を友人をパートナーを守るために戦ったのに

最後の最後であの結末じゃった

痛いのも、苦しいのも、辛いのも隠して

その精神は今、タコ糸のようにも見えてしまう

優真「今は「自由な」テニスが分からないんですよ」

仁「「自由な」テニス、のう...」

考えた事もない、事ではない

自分が腕を故障させた時、本当にテニスをしたかった

今までに感じた事のない暇が押し寄せて、リハビリに励む毎日が退屈じゃった

テニスボールを見ただけでも触れたいと思う毎日

治ってみれば、また今までに感じた事のない幸福感が俺を最高まで登らせた

じゃが、コイツは違う

心の底からテニスを楽しむ余裕を消されただけなんじゃ

表情だってよく見れば変わっておる

『......』

カランとラケットが落ちた

崩れるように後ろへ倒れこむ氷月は、そのままテニスコートに仰向けになった

仁「氷月!」

ベンチに置かれたあったタオルとドリンクを持って駆け寄ると

仁「!」

唇が震えておった

『仁王君、僕は、誰ですか?』

仁「......」

震える声で俺に問いかけを投げた

『幸村君は試合をしたいと言ってきました。それは僕に何を求めているのでしょうか?』

仁「何を言っておるんじゃ...」

『大会で優勝を続けたのは僕であって僕ではないのです。そして今の僕は、あの時の僕じゃない』

仁「どう言う事、なんじゃ」

『アメリカに居た時の、大会に出ていたのは僕であって僕ではないのです。そして、普通にテニスをする時の僕が本物なんです』

言っておる事がサッパリ分からんかった

急に何を言っておるんじゃ

とうとう精神が崩壊し始めたんか

右手を見れば指の先が痙攣したようにピクピクと動いておる

腕の限界、なんじゃろうな

異常に細く、異常に軽い体を横抱きにしてテニスコート出た

大きな一本の木の下に入り、木に幹に背中を付けた

『ありがとう、ございます...』

何時もより弱々しい声音

俺が黙ってドリンクを差し出すと、頭を下げてそれを受け取る

口元に運ぶ事は、なかった

仁「飲まなあかん。倒れるぜよ」

『分かっています。腕が上がらないんです』

左手で持っておるのに腕が上がらん?

じゃ、イップスで体が動かんのか

仁「飲ましたる」

『大丈夫です。その内、動くようになりますから』

仁「いかん」

ほとんど力の入っていない左手からボトルをひったくり口元に無理やり持っていくと

困ったような表情をしながら、ドリンクを飲んだ

ボトルを地面に置いて、額の汗をタオルで拭う

コイツが汗を掻くなんて初めて見たかもしれんな
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