世界が違う

□失声症
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林藤さんがベットまで運ぶ

レイジさんが台所でお湯を沸かし、小南が猫達に餌を与えている

林藤「高熱だな。市販の薬が効くか分からないが気休めにはなるだろうな。迅、俺は薬を買ってくるから見ていてくれよ」

迅「(うん)」

首を縦に振り肯定の意を示すと、林藤さんは俺の頭を撫でてから部屋を後にした

ベットで寝ている白川さんはすごく苦しそう

胸を大きく上下に動かし、呼吸は乱れている

『...ガキンチョ』

迅「!(白川さん!)」

声を出したくとも出せない苛立ちがこみ上げる

白川さんは焦点の合わない目で俺を捉え、頬を触れる

『...っ!』

すると、少し辛そうな表情をしたかと思えば

何時も通りの笑顔になる

『声、出んのじゃな』

迅「!」

『守れんかった。ごめんな』

頬に触れた手は子供をあやすように俺の頭に移動する

最上さんの事だろうか

けど、俺があの戦場に行かなければ

最上さんが死ぬ事も、自分を責める白川さんも見なくて済んだのに

『泣くなガキンチョ。お前は悪くない。悪いんは無力な我じゃ。長年トリガーを使っておるのにガキンチョ1人守れないなんてな』

ヘラヘラと目を細めて笑う

迅「(なんでだよ、なんで俺のせいにしないんだ。この人は無力じゃないのに)」

力があると認めているからこそ、そう思っているのではないのだろうか?

この人は読めない表情をしている

『ほれ、我は風邪かもしれん。ガキンチョ1号に移しとうない。今日は帰ったじゃ』

迅「(ダメ)」

首をフルフルと横に振り、林藤さんによって此処にいる事を伝えようと考える

近くに何もない

この部屋も物が減った

どうしてか聞きたいのに

声が出せないってこんなにも辛いんだ

『ああ、「物が減った」って顔しているね』

俺の方を見て、しっかりとそう言った

白川さんの視線は部屋の中を見渡しており、この寝室からも生活感は無くなっていた

『林藤さんからな、「玉狛に来ないか?」って言われたんや。初めは移動するんが面倒じゃったが、猫達の世話をしんといかんと思ってな。それだけなんじゃよ』

え、て言う事は

期待を込めて白川さんの顔を見れば、何かを察したように微笑んだ

『?、ああ、そうじゃよ。我も玉狛で暮らす事にした。いい加減、此処のお代を払うんも疲れたんじゃ』

俺はまた一緒に暮らせて嬉しい、と言う意味を込めて白川さんに布団の上から抱き着いた

すると白川さんは驚いた表情で固まった

『どうしたん?なんかあったんか?』

ワザとらしい声に返事をしたいが、この人は知っていてワザとしているから気にしなかった

林藤「?、何してんだ?」

『分からんよ。ガキンチョの考えなんて』

後ろから林藤さんが入ってきて、手には水の入ったコップと薬を乗っけたお盆を持っていた

林藤「嘘つけ。お前はなんでも分かるだろ。迅は寂しかったんだよ。お前がいなくてな」

『そんな事なか。寂しかったんは家族がいなくなったからじゃ。これは吊り橋効果で得た感情でガキンチョはまだ分からんのじゃよ』

林藤「それでも、今はお前が迅の砦だ」

『...そか』

背中を暖かい手がポンポンと優しく叩かれる

白川さんの香りと仕草と声

今の俺にはそれが安心出来る

林藤「さて、荷物は纏まったか?」

『玄関に積んだる段ボール全部じゃ』

林藤「...たった3箱か」

『おん。1つは着替え、1つは教科書やノート、最後は娯楽用品じゃ』

林藤「お前の娯楽用品は頭を使う物だろ。あれもどちらかと言えば勉強用具だぞ」

『我にとっては娯楽じゃよ』

林藤さんは苦笑し、白川さんも微笑む

耳は話を聞きながらも、俺は今を幸せに思っていた

例え、吊り橋効果で得られた幸せでも

俺自身が休めて安心出来るならそれでいいと思った

木崎「段ボール、積み終わりました」

『すまんな木崎、我に荷物じゃったんに』

小南「病人は早く体調を直しな!ね、迅!」

迅「(そうだな)」

『...ガキンチョ1号もそんな目で見んな』

林藤「兎に角、アパートの大矢さんには話を付けてきたから、今から行くぞ」

『ちょ、ベットとかどうするん?』

林藤「後で忍田が解体に来るってよ。お前はすぐに環境のいい所に引っ越しだ」

『あー、無茶苦茶じゃな。ボーダーっちゅー組織はよ』

見た事のない嬉しそうな微笑みをしながらゆっくりと起き上がった

それを見た俺は自然と鼓動が速くなるのを感じた

その感情が何かは分からない

小南とレイジさんは先に部屋を出て行くと、林藤さんもリビングへと向かう

白川さんは勉強机に乗っているサングラスを首に掛けると俺に振り向き手を出すと

『ほれ、行くぞ。迅』

迅「!」

初めて読んでもらって本当に嬉しいと思った

その手を取って一緒に部屋を後にした
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