世界が違う

□見えないトリガー
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三輪sid



誰もいない廊下の自販機でコーヒーを買う

すると何処からともなくブーツの音が聞こえてきた

『お、秀二じゃけんね』

三輪「...氷月さん」

『隈が酷いぞよ。大丈夫か?』

三輪「ええ...」

自販機の横を通り過ぎようとしていた氷月さんに声を掛けられ返事はする

この人の事は好きだけど、嫌いだ

過去に迅から聞いた

この人も家族が近界民に殺されていると

なのにこの人も迅も近界民に恨みを持たず、玉狛なんぞに居る

どうしてなんだ

俺は近界民が憎い

姉さんを殺した近界民が憎い

どうやったらアンタらはそんなに薄情になれるんだ

『...すまんな。我にはその感情がないんじゃよ』

三輪「!」

『お前さんが恨んでおるのは近界民なのは知っておる。そして、近界民と仲良くしておる玉狛の存在が許せんのも。家族を殺された我が何故そんな所にいられるのか疑問なんじゃろ?』

三輪「...どうしてですか?」

『分からんのじゃ』

ヘラヘラと笑っている表情は変わらないのに、その目には悲しみが宿されている

どうして、どうしてそんな目をしてまで笑っているだよ

三輪「どうして!」

『家族なのか、分からんのじゃ』

三輪「!」

『ッ!』

自分がトリオン体で、相手が生身なのを忘れ

氷月さんの胸倉を掴んでは壁に叩きつけた

三輪「どう言う意味なんだよっ!!」

俺にとって家族は大切な存在であり

姉さんは同じ血を持つ、ある意味本当の家族なんだ

その同じ血を持つ人が消えて、家族がいなくなった日を忘れた事はない

なのに、どうしてこの人は家族が分からないんだ!

『我は家族の中でも浮いた存在じゃったんじゃ。何をするにしろ、家族と違う行動を取っておって、家族らしくなかったんじゃ』

三輪「!」

『我はあそこが家族と言えるのか疑問じゃった。DNA鑑定は確かに家族と一緒なのに、中身は全くもって違う。母を不安にさせて、兄のストレスとなって、父に心配を掛けた』

そんな事で?

そんな事で兄弟を突き放せるのか!

三輪「それでも!母親はアンタを生んで!父親はアンタを育てて!兄は遊んでくれたんだろ!どうしてそんな事、言えるんだよッ!!」

『分からないんじゃッ!!』

三輪「!」

『分からんから、整理して探しておる。何処から「家族」じゃと思わんくなったのか。我の存在の何処が間違っておったのか、分からんのじゃ...』

ジャージの胸倉を離し、俺は後ろにあるベンチに座った

目の前の氷月さんの表情が、一瞬だけ崩れたからだ



三輪「...すいません」

『ええよ、我も我自身の事が分からんとは、笑えるじゃろ』

俺の隣へ静かに腰を下ろした氷月さんに胸倉を掴んで壁に叩きつけたお詫びに缶コーヒーをおごった

本当はもっと別の形でお詫びをしないといけないのに

氷月さんはこれでいいと言った

『笑ってもええぞ。家族を知らないんなんてな』

三輪「いえ、そう言う訳には...」

『...優しいな』

氷月さんはそう言いながら俺の頭を優しく撫でる

まるで姉さんが俺を撫でてくれているような

そんな錯覚が起きるほど、俺が疲れているのか

それとも氷月さんの手つきが優しくて暖かいのか分からない

『眠いんか?』

三輪「いえ、眠くは...」

『無理はいかんぞ。我のようになってしまうからな』

自嘲気味に微笑んだ氷月さんが俺の肩を抱いて、膝枕をするように頭を誘導する

コーヒー飲んだ、ばかりなのに

氷月さん独特のスッキリとした仄かに甘い香りが自分の体の内側で広がって

眠るのが怖かったのに、此処まで安心を覚えて行った

三輪「俺、氷月さんの事が好きで嫌いです」

『どっちなんじゃよ。ま、ええけどな。人の好き嫌いには口を挟まんからな。じゃが、我は後輩として好きじゃよ、秀二』

ああ、この人は本当にずるい

自分の事はとことん隠して、相手の事を勝手に探って

思えば何でこの人が俺の過去について詳しいのか分からなくて不気味だったけど

開けられている距離感が心地よくて、安心するんだ

お願いだ氷月さん、死なないでくれ

俺はアンタを守りたい

眠気が限界値を超えて、瞼が重くなる

『なあ秀二、知っておるか?』

三輪「......」

『世の中には、確定された未来が変わる事があると』

確定しているのに変わるってどう言う事なんだ

確定とは絶対を意味する

なのにその絶対が覆されると言う事だぞ

薄れる意識の中で氷月さんの言葉が何度も頭の中を回る

やがて視界が真っ暗になれば

次に浮遊感とは反対に、意識が沈んでいった
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