大好きな... old

□分らない
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仁王sid

急に飛び出した氷月は深く何かを考え込んでおった

俺が呼びかけても、道行く人や物等

視界や聴覚等、全てにおいて除外し、目の前にはただの道が見えておるような感じじゃった

赤信号になった横断歩道に向かって、足を緩めない事を確かめた時は、確信に変わった

目には何も映っておらず、ただ

恐怖で怯えたような何かが感じ取れた

その目は明らかに俺に訴えておった

「助けて」、そう言っておる感じ

仁「...何か、思い出したんか?」

『...分りません。ただ、何かが過って行くんです。全く知らない、けど、何処か知ってる、そんな感じの記憶?なの、かな?』

公園のベンチに座り、顔を下に向ける氷月の表情は、あくまでも無表情

俺は彼女の手をずっと握りしめ、彼女を手放さんようにしておる

仁「どんな感じじゃ?」

『えっと...』

この2日間で不思議な感覚を感じ取ったと言う

飯に関しての事、人に対して事、家族関係の事、命の事

最後の話題に関しては俺も驚かされた

仁「飯はどんな感じじゃ?」

『...満足に、食べた事がないような、誰かに、分けていた、感じ...』

仁「人間関係は?」

『...全てが不振になる。最後には、裏切られるような感覚です』

仁「家族関係は?」

『...罪悪感が強いです。何故か分りませんが』

仁「じゃ、最後。命は?」

『......。なんだか、「人のため」なら、って』

仁「......」

氷月の家族にあった事はないから分らんが

厳しい家計じゃったのかもしれん

金銭的にも、精神的にも、そんな感じがする

もし氷月に兄弟がいたとして、その兄弟に自分の食事を分け与えていたのなら納得する

じゃが、それなのに家族関係での罪悪感があるのはよく分からん

これだけ聞いておれば第3者が聞いても、氷月は何も悪い事はしておらんような気がする

これだけ自分の身を犠牲にして仲間を守るんじゃ

もしかしたらソレが原因で病院での治療代の事を言っておるんか?

そして、何かの関係で命の危機が分らなくなった、と?

分らん、情報が無さすぎる

『水...』

仁「?」

急に顔を上げた氷月の目は、焦点が合っておらん

『水、流れて...、苦しい...』

仁「氷月?」

明らかに様子がおかしい

誰だなんと見ても

『雨、聞こえて...』

仁「氷月!」

『!』

大きな声で呼べば、ビクッと大きく体を震わせた

頭を盛大に左右に振って、物理的に頭の中身をぐちゃぐちゃにしておる

そんな頭を捉えて、俺の胸に当てる

仁「何が聞こえる?」

『...心臓の、音?』

仁「そうじゃ、今日は晴れとる。雨は聞こえん」

『聞こ、える...』

記憶を思い出す前兆かもしれんが、こんなに辛い姿を俺は黙って見過ごす程、男じゃなか

仁「よく聞け。心臓の音に集中するんじゃ」

『......』

体からすっかり力の抜けた氷月は、自然と俺に身をゆだねる

仁「ええか?今日は晴れておる。熱い日差しが照っておる晴れじゃ」

『晴れ...』

仁「ああ、雨はなか」

『ぁ...、ㇵァ...』

何かを言いたそうに声を出すもの、上手く口が動かん

仁「此処には、誰もおらん。俺とお前さんだけじゃ」

『......』

仁「...寝たか」

ついに精神が耐えられんくなったようじゃ

額には汗を掻き、どれだけ精神的に苦痛を与えたんじゃろう

無理なら「無理」だと一言言えばそれだ済んだのに

頭を打ってからの氷月は何処か挙動不審じゃった

何かに大きく怯え、何かに深く入り込み、何かを否定する

コイツの過去に何があったのじゃろうか?

この地域では氷月以外に「白川」の苗字はない

他の地域から来ておるのか、はたまた家族は既に他界してもうたんか

コイツ自身、小学生以降の記憶が無いんじゃ

今の家族が「本当」の家族なのかも分らん

じゃが、今聞いた全ての話よりも気になった話がある


「...人間、そう呼んで貰ったのは久しぶりですね」


悲しい目で、言った事

アメリカでは虐めに会っていたために人間じゃと思われんかったのじゃろう

もしかしたら、その前もかもしれん

ただ、本当に懐かしむような表情じゃった

彼女は何を言われて生きてきたんじゃ?

彼女の軽い体を抱き寄せて立ち上がる

このまま公園におっても他の人が来るじゃろう

それに俺らは一応「体調不良者」じゃ

仕方がないから部屋に戻るか

彼女の鞄から鍵を漁ってズボンのポケットに入れる

そこから部屋まで一直線で帰った
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