□ばいばい
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*リク



一番はじめに見てしまったのは、一月程前の事。自称尾崎だと宣う彼は、見知らぬ女の子に塵を見るような目で見られるほどに異性に好かれない。かく言う私も、カラ松と出会った頃の第一印象は「痛い人」だった。それでも、彼の頑張り屋な所とか、怖い人の前では縮こまってしまう可愛い姿を見て、何時の日か恋心が芽生えていた。私から告白したときも、真っ赤な顔で、小さい上に上擦った声で返事をしてくれて可愛いかったなぁ。

そんな彼が、街中で女の子と歩いているのを見てしまった。私の知らない女の子の隣で、私以外にはあまり見せない笑顔で接していた。瞬間的に浮気だと思ったが、もしかしたら数少ない女友達かもしれない。完全となる浮気の確証が持てないため、というよりも現実を直視したくなくて、私は彼を信じることにした。でも、それも今日で終わり。

「今まで、ありがとうございました…っと」

別れましょう、と他人行儀的な口調でメールを打つ。今日は一緒に映画を観に行く予定だったのだが、彼が風邪を引いてしまった為にドタキャンとなったのだ。デートが出来ないことは残念だが、それ以上に、普段病気にかからない彼が風邪を引いていることに心配になって、御見舞いに行くことを心に決めた。それから、桃缶や薬などを買いにいこうと街へ出たのだが、そこで見たのは、家で寝ている筈の彼が女の子と歩いている姿だった。しかも、隣に歩く女の子と腕を絡ませており、好き合っている恋人同士のデートにしか見えなかった。自分の心が少しずつ黒ずんでいくのが分かり、走って自分の家まで帰った。玄関で荒くなった息を直すと、段々と先程の光景を思い出してきて頬に涙が伝った。




メールを送信して数分が経つ。これで私の恋物語も終わりかぁ、なんて少女マンガみたいな感傷に浸っていると、先程送信した彼から返信が来た。私がメールに別れの理由を記さなかった事への疑問と焦りが感じられる文章を全て読み終わる前に、画面は通話ボタンへと切り替わる。急な出来事に名前も確認せず通話ボタンを押すと、今一番会いたくない彼の声が聞こえる。

「**っ、今どこにいる?」
「えっと、」
「家か?」
「う、うん」
「そこから動かないでくれ」

言いたい事だけ伝えて、連絡は跡絶える。何だか頭がぼーっとして、彼が今から家に来ることは理解していたものの、会わないように家を出るという選択肢が浮かばなかった。そして、ピンポンというベルが鳴る。

「カ、ラ松」
「はぁっはぁっ、**、何でっ別れる、と、か…」
「ちょっと待って!」

玄関を開けると、寝間着姿で顔が青白く、額には白いシートを乗せて息を切らせた彼がいた。想像していた姿とはあまりにも違い、私にも焦りの感情が芽生える。

「何で風邪引いてるの」
「はぁっ…あ、さ言っただろ…」
「だって、さっき街で女の子と歩いてるの見た」
「は、」
「腕を組んで、笑って、楽しそうだった」
「それって、多分…」

トド松。と、カラ松はあちゃーとした顔で、聞いたことのない名前を告げる。トド松って誰だ。取り合えず見つけた松繋がりという共通点から兄弟?と聞くと、目の前の彼はバツが悪そうに、ああと小さく答える。

「うそ…」
「嘘じゃない、俺たち六つ子だから」
「うそ!?」
「言わなかっただけだ。何なら、今から全員呼び寄せても良い」
「じゃ、じゃあ私…」

私の勝手な勘違いで、病気の彼を困らせ、走らせてしまった。息は落ち着いてきたが、ふらふらとした佇まいは病気であることを思い出させる。此所が玄関であることを思い出し、先ずは彼を家の中に入れようとするが、別れのメールを取り消さないと入らないと言う。彼の安全を確保してからきちんと謝りたいと思っていたがそうにもいかない様で、その場でごめんなさいと頭を下げて謝る。

「カラ松が大好きだから、別れたくない」

勝手ではあるが今の気持ちを素直に告げると、カラ松は安心しきった顔で倒れてしまった。急いで部屋へと運び安静にすると、少しずつ規則正しい寝息が聞こえるようになる。たまに聞こえてくる私の名前の寝言に、愛しい気持ちが込み上げる。この人と別れなくて良かったと思いながら、私は彼の手を握った。



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